闇雲に集めても、こちらは特許に関する専門家でもなんでもないので、破綻することは 目に見えている。方針は以下の通り。
私の予想であるが、おそらく、かなり面白い結果が見えてくると思われる。 企業間だけでなく、国家間の利害を浮かび上がらせることが出来れば、成功では ないだろうか。もし、そうでなく、ソフトウェア特許は、通常の特許とほとんど性質が 変わらないということであれば、ソフトウェア特許だけをくくりだして議論する 必要性はないだろう。調べてみないとわからないが、その可能性も十分にある。実は、 そんなにおかしな運用は、現実的にはなされていないのではないか、という予感も 少しはあるのだ。
これらの点に焦点を当てるのは、次のような懸念に対して、どのような結論が出るかを 調べる為にある。
「ソフトウェア産業が成熟産業になっていけば、基本特許の大半が期限切れになるので、 これらの問題は自然解決する。」という主張が説得力を持つようであれば、人生の時間が 短いことを恨むか^^;;;、特許の許諾年数を短くするように働きかける。というのが有効な 解決策ではあるのだろうが、この場合、社会全体から見ると、大問題というほどでは ないだろう。
「ソフトウェア特許の社会全体に与える費用と投資効果」についても結論が出せればよいのだが、 これは、どう調べても、きわめて怪しい結論しか出て来そうにないので、とりあえず考えない ことにする。
読まれているのが怖いのは、私にとっても同じような気がしますが...。 *1
うーん、どうも私の意図した事が、あまり伝わっていないように思えます。 議論のレベルのことを言いたかったのではありません。 それは間接的には関係しているのかもしれませんが。
それでは、わかりやすくする為に、あえてきつい捉え方を書きます。 高林さんが、こういうことを、あえて考えていたとは、全く思っていませんが、 厳しい見方をすると以下のように捉えられても仕方がないのです。
確かに、普通の技術的なmatterであるならば、そういう素朴な問題提起は、たいした 問題にならないのかもしれません。しかし、今回の場合は、企業間、国家間で、まさに ドンパチやっている問題に対して、きわめてnaiveな(あえてこの言葉を使う) アンチパテントの主張を使って議論を呼びかけたのです。これが、日々、企業で ソフトウェア技術者として生きているであろうと思われる参加者に対して (だって今は資本主義ですから)、ある種の踏み絵---ゲットリッチ(ほんとうに いやな印象を与える言葉)のために卑俗な独占欲を持つのはおよしなさい---を 迫るのではないかということについて、認識が、あまりにも足りないのでは ないかと 思うのです*2。
しかし、特許にかかわっている人々とて、それなりに苦労してソフトウェアを特許として 扱おうとしています。それは、現状の社会制度を、如何に新技術に適用させるか という努力の現われです。そういう背景を語らずに、制度否定に近い主張をするのは、 さすがに、ちょっとどうかなという感想を持たずにはいられません。
なお、フリーソフトウェア運動は、実際のところ、強固なアンチパテントの立場を とっていますが、本人たちにも大いに自覚があるのでしょう。まあ、そういう信念を 持ってやっている人たちに、とやかく言うつもりはありません。革命家には革命家の 生き方があるのでしょう。しかし、FSFが、そういう活動を、LPFに任せていることの 意味は、それなりに大きなものであると言えましょう。