そしたら、わたし、こんな感想を書いていたのね。こんなのを、自分が書いたものとは にわかに思えなかった。一部手を加えて引用してみる。
「滑稽」という本を読みおえた。いろいろと感想はあるのだけど、ちょっと気に なったのは、象徴的二元論という考え方。別にこれ自身は目新しいことでも なんでもなかったのだけど、この本の著者が、この二元論から内部と外部の 切り分けが行われることを示唆していることに衝撃を受けた。つまり、ある性質が 連続的な尺度を持つならば、平均から外れたものは、他と厳しく峻別され、 場合によっては「異人」(strangeness)とみなされるのである。
そして、象徴的二元論の対立概念として、男女が持ち出されているのである。
もし、男と女という性質が、たとえ、狭い範疇において(人間という生物において)でも、 対立概念だとしたら、現在の社会が強制する奇妙な中性化は破綻をきたすことに なるだろう。もし、広い範疇(生物全体)で、対立概念だとするならば、人間という 生物の自滅行為に近いだろう。
そういうことがわかってしまった。
なんとも、まったく恐ろしい本である。
さて、私はいまだに悩んでいる。果たして、男と女というのは対立概念 なんだろうか。これに結論が出せたとき、小学校の時の、 せんせいからの気分の悪い質問、
「女の子の出席番号が男の子の後なのは男女差別と思いますか?」
という、ろくでもない問いの背景に、初めて結論が出せるんじゃないかなと思う。 私はこのとき、「そんなくだらないこと、どちらでもいいでしょう。」と、 答えたんだけど、この問い自身、もし、男と女が対立概念でないとしたら これほど適切な答えはないのではないかと思うのだ。
もし、男と女が対立概念だとしたら ... それがなんだか悲しいような 気がするのは、私が育ってきた環境のせいなのだろうか。そして、 対立概念と考える人たちは多いのだろう。どこぞの知事が、やたらと土俵に 上がりたがっている辺りを見ると。
大室幹雄の本をちょっとぱらぱらと見なおした。やっぱちょっと怖いものが あるわい。
どうもお答えいただき ありがとうございます。
で、http://www.glocom.ac.jp/project/chijo/2003_03/2003_03_29.htmlには
世界史上、現在のような特許制度の先駆は、近代化出現期のイギリスにある。 16世紀前半頃、イギリス国王は大陸の毛織物生産技術を導入するために、フラ ンドル地方から毛織職人を招き、排他的な既存の職能組合(ギルド)に対抗し て生産販売を行う許諾実施権(Letters Patent)を与えた。エリザベス一世は 1561年、大陸から優秀な技術者をさらに呼び寄せるためにこの権限を強化し、 今日の特許権と同じ独占的実施権を白色石鹸の製造技術者に与えた。さらに 1624年、イギリス議会は、発明者に一定期間の市場独占を与え、侵害者への賠 償請求権を認める「専売条例(Statute of Monopolies)」を制定した。この 制定法が近代特許法の原型といわれている。
とあるんですが、私はこれは歴史の流れから見ると、少々ミスリーディングでは ないかと思っています。「特許の文明史」、「プロパテント・ウォーズ」にも あるのですが、もともと、Letters Patentは、イギリス国王の専権事項でありました。 「専売条例」の画期的なところは、これを王権から剥奪したところにあるのであって、 賠償請求権にあるとはいえないと思います。実際、「専売条例」6条のうち1条から4条までが 国王の権限の制限をうたったものでありました。
何でこんなふうに議会と王室の間で対立があったかと言うと、当時このLetters Patentを 得る為に王室によこしまな企みをもって近づく人間が後を絶たなかったという指摘が 前掲書にあります。そして、上納金を払うことによって、このLetters Patentが乱発 されたそうで、これでは、ただの体の良い賄賂です。実際、トランプの製造、販売に 関する独占権に関するダーシー・トランプ事件 *1 のことを考えると、この主張は一定の説得力を持つと思います。
つまり、この「専売条例」の起源は、独占権を得たい人間による利権と政治の力学に よって成立したものではないかと思われます。どうやら、初期の特許に対する 動機はあんまりほめられたものではなさそうです。特許があまりにも強い排他権を 主張している背景には、こんな経緯があったのではないかと私は考えています。
*1 エリザベス1世が侍臣に与えた独占権に対する事件
どうもお答えいただき ありがとうございます。
で、http://www.glocom.ac.jp/project/chijo/2003_03/2003_03_29.htmlには
世界史上、現在のような特許制度の先駆は、近代化出現期のイギリスにある。 16世紀前半頃、イギリス国王は大陸の毛織物生産技術を導入するために、フラ ンドル地方から毛織職人を招き、排他的な既存の職能組合(ギルド)に対抗し て生産販売を行う許諾実施権(Letters Patent)を与えた。エリザベス一世は 1561年、大陸から優秀な技術者をさらに呼び寄せるためにこの権限を強化し、 今日の特許権と同じ独占的実施権を白色石鹸の製造技術者に与えた。さらに 1624年、イギリス議会は、発明者に一定期間の市場独占を与え、侵害者への賠 償請求権を認める「専売条例(Statute of Monopolies)」を制定した。この 制定法が近代特許法の原型といわれている。
とあるんですが、私はこれは歴史の流れから見ると、少々ミスリーディングでは ないかと思っています。「特許の文明史」、「プロパテント・ウォーズ」にも あるのですが、もともと、Letters Patentは、イギリス国王の専権事項でありました。 「専売条例」の画期的なところは、これを王権から剥奪したところにあるのであって、 賠償請求権にあるとはいえないと思います。実際、「専売条例」6条のうち1条から4条までが 国王の権限の制限をうたったものでありました。
何でこんなふうに議会と王室の間で対立があったかと言うと、当時このLetters Patentを 得る為に王室によこしまな企みをもって近づく人間が後を絶たなかったという指摘が 前掲書にあります。そして、上納金を払うことによって、このLetters Patentが乱発 されたそうで、これでは、ただの体の良い賄賂です。実際、トランプの製造、販売に 関する独占権に関するダーシー・トランプ事件 *1 のことを考えると、この主張は一定の説得力を持つと思います。
つまり、この「専売条例」の起源は、独占権を得たい人間による利権と政治の力学に よって成立したものではないかと思われます。どうやら、初期の特許に対する 動機はあんまりほめられたものではなさそうです。特許があまりにも強い排他権を 主張している背景には、こんな経緯があったのではないかと私は考えています。
*1 エリザベス1世が侍臣に与えた独占権に対する事件
10/6分を上書きしてしまった。;_;
熱っぽくもある。 同じく体調が悪化しているらしいぱんださんは、きちんと日記がかけている。 すごい。
資料の作成。30min.で片付けるがformatに手間取る。ただの馬鹿やん。;_;
論文の査読を頼まれたので査読コメントを考え中。 読むのはたいしたことなかったんだけど。
たしかに独占は究極の模倣の禁止でしょう。
とはいえ、無断で模倣を行うのは、倫理的に見て問題があるかもしれませんが、 オリジナルを認めたうえで模倣を行うのは、実際の創造において必要不可欠なものであると 思います。また、模倣を完全に禁止する必要性が、がめつい特許権保有者以外に、 どこにあるのか理解に苦しむところがあります。
特許の起源となった社会情勢や、特許制定に対する動機を見てみると、どうやら独占権を 得たい人間が特許権の元を作ったために、これほどまでに強力な権利が形成されて しまったようであり、独占排他権に、特に自明な正当性があった証拠は、今のところ私には 見つけられません。特にダーシー・トランプ事件は、醜聞といって良いでしょう。
はっきり言って、私は、特許の独占排他権は、もはや、現状では正当性を欠くと 思っています。*1 特に、せっかく生み出された有用な技術を20年も停止させておくことが出来るのは、 社会的に見ても、大いなる損失でしょう。インセンティブは、適切なライセンス料などの 金銭的利益によって、発明者に与えることが出来るでしょうから、 それに関する適切なガイドラインをつくり (もっとも、裁判所はこういう基準を作ることには及び腰と聞きました。)、 原則、排他権はなくしたほうが良いのではないかと思っています。もちろん、そういう制度の変更は 難しいと私も思っていますが、「独占排他権の正当性は自明なもの」とする歴史観に近いもの (ちょっとうがちすぎですが)に対しては、さすがに突っ込みを入れたくなったというわけです。 それを主張するなら適切な証拠が欲しいと。
念のため、申し添えておきますと、発明者にインセンティブを与えるという特許制度の効能に ついては、確かに歴史的に見ても存在しただろうとは思っています。イギリスの産業革命が、 「専売条例」によって加速されたことの決定的な証拠はありませんが、 イギリスやアメリカの発展史において、特許が、発明に対して資本を投下する 「知的創造サイクル(パテント・ウォーズから)」を形成する力を与えたことは事実でしょう。 しかし、それは、独占排他権がなければ出来なかったかと 言うと、おそらくそんなことはないと思います。発明に対して金銭的利益があれば、次の発明に対して 投資することは十分に可能でしょう。 *2
確かに、特許法では、特許権を以下のように制限しています。
第69条 特許権の効力は、試験又は研究のためにする特許発明の実施には、及ばない。
でも、これはそれほどインパクトのある独占排他権に対する制限なのでしょうか? もちろんこんなものすら禁止されたら、特許に抵触するかどうかの検証すら阻害 されかねないので、この制限は当然なのですが、たとえ、この制限があったとしても、 もし、特許権者が発明の実施を禁止してしまった場合、ほとんどの人間が、その発明の 利益を、金銭的な解決手段によってさえも、享受できないという問題は解決されないと 思います。この場合経済的に見れば、供給を限りなく0に制御できる状況を生み出すことになり、 市場経済の精神から見ても、不正のはびこる温床となりかねません。実際例においても、 GE社の電球に対する独占禁止法の適用例が示すとおり、市場経済によって解決できない問題を 増やしたところで良いことはないと思うのです。*1
もう一方の
上の私的な技術面の摸倣ができるとして、オリジナルの発明で出遅れた会社なり個人は何をするかというと、まずは摸倣からですが研究を進め応用技術を押えて応用特許の出願を行なおうとします。応用特許が価値のあるものであれば、オリジナル特許とクロスライセンスを行ない、晴れて製品を売れる可能性もあるわけです。もちろんオリジナル特許の持ち主もなるべく応用特許を押えようと努力します。このような状態は「有用な技術を停止する」というよりは「より競争を加速する」のではないでしょうか?
これは非常に興味深い指摘だと思いました。つまり、「独占排他権」があまりにも強力な為、 各社とも防衛用に応用特許でクロスライセンス勝負に持ち込むべく、半ば恐怖感から研究開発に 投資するというわけですね。なるほど。でも、この場合でも、ライセンス料を高額にしておけば、 そういう状況を生み出せませんでしょうか? ただ、たしかに、ライセンス料交渉は、しばしば紛糾 するうえに、日本ではどうしても低額になる傾向があるらしいので、やはり、これほどの恐怖感は 生み出せないかもしれません。
しかし、このような例においては、基本特許保持者が「核兵器」を保有してしまうことになります。 つまり、基本特許保持者は、応用特許も含めて、独占排他権によって、すべての発明を無力化する力を 持っています。こういうことを考えても、やはり、金銭的な解決手段が無力化される状況には、 私は疑問を覚えるのです。
*1 日本の電球製造会社は、特許を利用した世界的なカルテルによって、かつて、完全に市場から閉め出された。
なるほど、独占を弊害と考えないというのは非常に意外でした。普通、経済学的に見ると、 独占は正常に市場経済を機能させません。で、経済学では、ほとんど、それに 関してのまともな反論はなくて、むしろ、独占は自動的に解消される、と考える一派と、 独占は政府の介入がない限り続いてしまう。というような学説に分かれます。しかし、 通常、独占が、市場経済の調整機能を阻害するということに関して、反対する人は ほとんどいないはずです。
そういう考えが頭にあったので、
しかし、そうまでして独占排他権を弊害と捉えますか
じつのところ、この部分にはびっくりしました。「そうまでして」というあたりに、 どうして「独占」が、そんなにあなたにとって守らなければならない価値なのだろうと、 逆に不思議に思ったぐらいです。
で、私は、独占には弊害が多々あると思いますが、市場経済的に、金銭的に解決できるなら、 問題はずいぶん解決すると思っています。いろいろ問題は指摘されますが、市場経済は、 現状で人類が持つ、おそらく最善のリソース配分システムです。
だから、
お嫌かも知れませんが、特許の世界は、お金なんです。
これは、私は、全然いやではありません。むしろ、お金の問題で解決させない、非常に汚い 手段をとることすら許される「独占排他権」を認める理由がわかりません。特にソフトウェアは 埋没コストはやたらと高く、それにもかかわらず限界費用は限りなく0にもっていくことができ、 挙句の果ては、ロックオンによる高額なスイッチングコストまで存在します。 このような製品に対しても、独占権を、不適切に行使しても、市場経済に混乱を起こさないほど、 市場経済は強靭な安定性を持っていると考える方が、私にとってはよほど不思議です。(これに関しては Information Rulesという良い本がありますので、一読をお薦めします。)
Microsoftが、IEを無料で配り、「Netscapeの空気供給を断つ」というやり方を行使したことは、 今でも汚いやり方だったと思っています*1。それに加えて、さらに汚い手段を使うことが 出来るほどの力を、下手をすると「独占排他権」は与えてしまいます。 わたしは、そういう手段は、どうしても、まともな商売のやり方には思えないのです。
むしろ逆に質問させてください。なぜ、ライセンス料(仮に実施料請求権とでもよびましょう)を 行使できる権利では足らず、「独占排他権」が必要なのでしょうか?
念のために言っておきますと、「独占排他権」を廃止すべきだ。と、完全に傾いている つもありはありません。ただ、「『独占排他権』は自明の権利だ。」という主張は正当性を欠いて いるのではないかということは、強く思っています。
この前者に対する結論は、私の中では、まだゆれています。最終的には、前者に意見が 転じるかもしれませんが、まだ自分の中でも良くわかっていないのです。
*1 とはいえ、ソフトウェアがダンピングかどうかを判別するのはほとんど不可能。そういうわけで、オープンソースが時代の主流になっているのは、是非はともかくとして、ある意味で必然なのでしょう。
別に、ここで、オープンソース云々はどうでも良いです。そういう立場で発言している つもりはありませんし、ここでそういうレッテルを私に貼ろうとするのであれば、 私はそれを拒否します。私は、単に特許制度がどのような経緯で現在に至ったのか、 そして、現在どのような運用がされているのかを、正確に捉えておきたいと思っています。 その中で、「独占排他権」を、特許に対して自明に与えられた権利として特許制度が 始まったと考えるべきではないのではないか? と、現状で考えているのです。
また、
オープンソースコミュニティを他の企業と別扱いにする
などとおっしゃられていますが、どこからこういう話が出て来たのかさっぱりわかりません。 何か私はこういう誤解を受けるようなことを書きましたでしょうか?
「がめつい特許権保有者」というのは、特許に対して適正な利益を確保するのみならず、 独占権を行使して、市場経済を破壊するほどの不適切な利益を得るような人間のことを さしていったつもりです。 (もちろん、現在の法律で特許権による独占の行使は、独占禁止法に抵触しない限り 完全に合法です。しかし、それが本当に万人の幸福につながるかどうかは別問題です。)
あと、これも、なぜ、こんなことが、この文脈で主張されているのか良くわかりませんが、 一応補足させてください。(孫引きの引用ですみません)
他人の権利を認めるのが嫌だとかだだをこねるをやめて、自分の(ビジネス上の) 権利をうまく活かす道を探すべきではないのか。
これはこれで立派なスタンスだと思いますが、こういう主張をしたところで、 「独占排他権」自身の正当性を主張していることには、まったくなりませんよね? それに、私は他人の権利を認めるのがいやだとか述べたことは全くないんですが。
体調も悪いので、こちらは 後回しにさせてください。一応、
ところで「核兵器」「恐怖感」などの冷戦時代になぞらえた比喩は、どの辺から出て来たものなのですか? むしろそちらの方が気になったりします。
の部分ですが、特に出典はなく、思いつきで書いただけです...。すみません。
あと、(なんだかんだいってひっぱってみる)
独占排他権の是非を論ずるのに、「技術的な摸倣の必要性」、「有用な技術を20年も停止させておくのは社会的に見て大いなる損失か否か」などについて述べるのは意味の無いことのように思えたからです
このあたりの理由について大変興味がありますので、よろしければ、 詳しく説明してくださると嬉しいです。
うまく文章がかけない。やたら訂正しながら書いてる。;_;どうしてこんなに間違えて書いては、 あわてて直してるのやら。本来ならuploadしなければいいんだろうけど、ついやってしまうと いうか。
私は、あなたの意見とは異なって、金銭的な利益で、発明のインセンティブには十分になると 思っています。なぜなら、資本主義社会における投資と、それに対する利益というのは、金銭的に あらわしうるものだからです。発明だから、もっと特別な保護が必要というのは、 実際のところ対称性に欠けると思います。それなら、油田開発、鉱山開発などにも独占権を つけるのが当然ですか? 昔はそういう独占契約が多かったですが、今ではすっかり 嫌われているのはご存知の通り。まあ、これは、一社ではリスクが多すぎるという別の側面も あるので、簡単には比較できませんが。
また、ライセンス料の算定基準についてですが、すでに、侵害賠償訴訟で、裁判によって 被害額を算定されているので、事実上、既に、第三者に、ある程度ライセンス料を決定されている 世の中になっています。(たとえば、「カーマーカー特許とソフトウェア」には、算定根拠が 数学モデルと共に説明されています。これが良いものかどうかは別問題ですが。)
さらに、当事者間で勝手にライセンスを決められるとなると、立場の強い側が、不公正に価格を 吊り上げることができ、これが独占の弊害の一つであることは明らかです。*1 むしろ、第三者がライセンス料の基準を示した方が、透明性があって、市場経済には好ましいでしょう。
でも、ここまでかいていて、思うんですが、こんなの既に著名な法学者や、経済学者が 考察済みなんですよ。アダムスミスだってずうっと昔に、特許の独占権に疑問を呈してます。 また、「コモンズ」にもありますが、法学教授Steven Shavellは、 「イノベーションを行うインセンティブをイノベーションにおける独占力の授与と結びつける必要はない」 と、疑問を提示して、ライセンス料形式への移行を提案していますし、また別の人は、 補助金システムのようなものも提案しています。
まあ、「コモンズ」や、「プロパテント・ウォーズ」あたりにある特許の独占の弊害に関する論拠を、 いろいろ調べてみるのも良いのではないでしょうか?「独占排他権」に賛成されるのは それからでも遅くないと思います。
L.Lessigも「コモンズ」で、こういってますよ。
現在の特許論争を支配しているのは、理性ではなく偏向だ---単に古いからというだけで正しく見えるシステムに有利な偏向
わたしは、偏向にとらわれるのは嫌いなので、冷静に特許制度を眺めているつもりですが、やっぱり、 「独占排他権」は、非常に特異なシステムだと思います。すくなくとも、簡単にうけいれることが できるほど、自明な話ではありません。
*1 IntelもMicrosoftも、CPUやOSの事実上の価格を、敵対的業者に対して吊り上げた疑いをもたれていることは周知の通り
企業は皆 Microsoft ではないですよ。(笑) 一緒にしないで下さい。(爆笑)
あまりにも特徴的な文面なので 引用しました。
なるほど、Microsoftは特殊な企業だから、例外扱いにしろとの事ですね。
私は企業というのは基本的に利潤を追求する団体なので、法的に許されていることは、利潤を 追求する為には、どんなことでもやる危険があると考えています。また、それを一概に悪と みなすことは出来ないと思いますし、それは、むしろ危険な考え方です。 それは法の不備を、まず第一に責めるべきであり、企業自身を責めるのは、その後のことです。
たとえば、「プロパテントウォーズ」には、GE社の電球に対する特許の不正トラスト (GE社の契約条件に従わない企業を世界市場から特許の独占権で排除)*1に関する事例が紹介されています。
それでも、あなたはこういう独占による不当な権力行使をMicrosoftだけの特殊事情だと みなすことが出来るのでしょうか? また、そう信じうる根拠はどこにあるのでしょうか?
*1 後に独占禁止法で有罪判決を受けたが、時既に遅し。日本企業は販売禁止令を出されて既に全滅
とりあえず、いろいろ考えていることもあるんですが、まとまったら書きます。
独占禁止法の独占と特許法の独占の 違いですが、独占禁止法については、私は勉強不足で、詳しくは間違っているかもしれませんが、 両者は厳密には違うものです。独占禁止法は、市場を実際に独占している企業に対しての制限を 定めたものですが、特許法の独占排他権は、市場への独占的なアクセスに対する権利の事です。 ですから、両者に直接の関係はありませんが、当然間接的に関係は出てきます。つまり、 特許による独占排他権によって、実際に市場を独占した場合、独占禁止法の適用を受ける可能性が 出てくると思います。
「特許の文明史」、「プロパテント・ウォーズ」を読んでしみじみ思うんですが、 どうして特許の歴史ってこうも暗いんでしょうね。;_; もうちょっと、発明がバリバリ行われて、 生活が便利になって、特許ってなんてすばらしいんでしょう、というような、明るいものを想像 していたんですが。あにはからんや。;_;
むしろ、他人から権利をいかにして剥奪するかとか、隠すとか、発明の横取りだとか、 権利を必死になって、あの手この手で防衛するだとか、そんな事例ばっかり。専売条例の元となった、 ダーシー・トランプ事件なんて、ただの賄賂事件の禁止ってカウンターアクションの結果って だけだよなぁ、とかいう感じですよ。つまり、ほとんど、どろどろの政治の世界。特許は、 「創造と略奪の歴史」と前掲書にはあるけど、否定しがたいものがある。
U.S.の特許の歴史はちょっと明るいかもしれない。しかし、電球の発明さえも、 発明をすることと、特許をとることは、別問題であったという感じがしますし...。
「ソフトウェアの著作権・特許権」も、ソフトウェア特許の黎明期の説明がある本 なんですが、これも暗いんだわ。;_; ソフトウェア研究者の端くれとして、 読んでて悲しくなる話が多いんですわ。
「必要悪だから、いかにしてこれに対処するべきか(tactics/vision)」という議論と、 「本来どうあるべきか、また、どういうスタンスで望むべきか(strategy/mission)」の話は 分けて考えた方が良いだろうと、強く考えるようになりました。
発明が絡んでないじゃないですか。
これで、私の文章が、まあ、全然理解されていない、ということだけははっきりしました。;_; 私の先に挙げた事例に発明が絡んでいては、文章が論理的におかしいと思いませんか? *1
コモンズを引用した、ということは、ソフトウェア業界を意識しての発言と解釈しました
この文で、「コモンズ」の該当箇所も全然読んでられてない、ということもわかりました。
それから、改善策の具体案は、こういう特許制度と、その背後に潜んでいる存在意義というか レゾンデートルを理解してから考えるべきではないかと、私は考えています。 まだ、私は勉強中なんです。
そして、それがある程度整理できたら、はじめて、現状の特許制度にどうやって立ち向かっていくかを 考えられるように思います。visionやtacticsは、missionやstrategyが出来上がってから、やっと 考えられるのだと思っています。ここまで大上段に構えなくてはいけないのは、私には、特許制度が あまりにも特殊に見えるからなんですけどね。
*1 私の書き方が悪いのかもしれませんが;_;
寝る。というのはちょっと嘘で、うとうとしていたらすっかり昼寝してしまったのだ。
どうしよう。;_;
日本シリーズをテレビ観戦。 阪神はまけてしまったが、まあ、しゃあない。明日は勝つだろう。 とはいえ、いい試合だった。 にしても、大学時代は、応援してもことごとく負けおったから、今年の 怪進撃には、少々複雑な気がするのぉ。
また負けた。うーむ、昔の阪神を見ている気分だ。
ほんと、米人と議論していると、すさまじくradicalなレベルにまで議論が 昇っていくことがあって、それが、ちゃんとtacticsのレベルにまで思想として 反映されているんですね。だから、少々の攻撃にはびくともしない。ちょっと攻撃されても、 少し修正するだけで、根本のstrategyにはたいした影響がないんですよ。
対照的に、ほとんどの日本人は、radicalな話になるとすぐ駄目になる。 考えるのがいやという人が多い。だから、たとえ、細かな技術的にいい勝負をしていても、 大局的には全然勝てない。この辺は特許戦略を見てても、ホントにそう思いますね。
GNUを見ていても、まず、GNU manifestがあって、それを体現するようにGPLが設計されている。 実際、本当に、たいした戦略と戦術の構成です。戦略的な思想の構築は、一番最初に やらないと、あとで必ず負けちゃうんですよ。そういう意味で、free softwareは、 そう簡単に負けないでしょうね。
日本の独占禁止法は、23条で、特許権の正当な行使は独占禁止法に抵触しないという ことになっています。対照的に、U.S.のanti-trust lawは、そういう規定がないので、 特許権の不当な濫用によって、独占禁止法で訴えられたケースが、かなりあるようです。 いくつか具体的な事件を見てますと、特許法の独占排他権はだいぶ杜撰な制度という 印象をうけます。要は、特許による独占権の濫用から、独占禁止法によって有罪を受けるまでの 時間が長すぎるので、時既に遅しという、寒いケースがだいぶあるようです。しかし、何とか 持ちこたえたら、U.S.では、treble damagesといって、3倍の賠償を取ることが出来るようで、法廷闘争の 時間との戦いといえそうです。独占禁止法で訴えられている側は、引き伸ばし戦術が、非常に有効と いうことになりそうです。 うーーーん。 これは厳しいですね。現在のように、変化の早い世界では致命的な欠陥になるかもしれません。
とはいえ、日本では、そもそもお話にならないのね...うむむ。これも縦割り行政の弊害の一つなのかも。
具体的にはこれから調べられたらよいかなと思っていますが、このあたりは、特許の 独占排他権に対して、どう現実的に立ち向かっていけば良いかのヒントになると 思います。
だいぶ良くなる。だけど無理は出来んな。
NHKラジオ講座の編集。たまっていた分を一気に片付けたんで、だいぶ時間が かかってしまった。しかし、リスニング入門があまりにやさしくなったので、 もう止めようかとか思っている。前期の方が良かった。;_;量も少なすぎるし、 何が応用編だ。
どうやらscarabをまじめにみんといかんらしい。しかし、体力が不安なので、 今日はちょっとパス。;_;
ところで、火車を読みましたか。でも、あの設定は、全然現実的じゃないと思います。 あの作品自身は秀逸ですが、あれは一種の芸風です。宮部みゆきのこの辺の 作風を詳しく知りたければ、「理由」を読んでみると良いと思います。 そういうコンテキストで読むのは良いですが、それ以上はどうかな...??
_ ko [ウチは実にラブラブです。]
_ himi [そういうはなしじゃないよう。 まあ、またのもう。]