なるほど、独占を弊害と考えないというのは非常に意外でした。普通、経済学的に見ると、 独占は正常に市場経済を機能させません。で、経済学では、ほとんど、それに 関してのまともな反論はなくて、むしろ、独占は自動的に解消される、と考える一派と、 独占は政府の介入がない限り続いてしまう。というような学説に分かれます。しかし、 通常、独占が、市場経済の調整機能を阻害するということに関して、反対する人は ほとんどいないはずです。
そういう考えが頭にあったので、
しかし、そうまでして独占排他権を弊害と捉えますか
じつのところ、この部分にはびっくりしました。「そうまでして」というあたりに、 どうして「独占」が、そんなにあなたにとって守らなければならない価値なのだろうと、 逆に不思議に思ったぐらいです。
で、私は、独占には弊害が多々あると思いますが、市場経済的に、金銭的に解決できるなら、 問題はずいぶん解決すると思っています。いろいろ問題は指摘されますが、市場経済は、 現状で人類が持つ、おそらく最善のリソース配分システムです。
だから、
お嫌かも知れませんが、特許の世界は、お金なんです。
これは、私は、全然いやではありません。むしろ、お金の問題で解決させない、非常に汚い 手段をとることすら許される「独占排他権」を認める理由がわかりません。特にソフトウェアは 埋没コストはやたらと高く、それにもかかわらず限界費用は限りなく0にもっていくことができ、 挙句の果ては、ロックオンによる高額なスイッチングコストまで存在します。 このような製品に対しても、独占権を、不適切に行使しても、市場経済に混乱を起こさないほど、 市場経済は強靭な安定性を持っていると考える方が、私にとってはよほど不思議です。(これに関しては Information Rulesという良い本がありますので、一読をお薦めします。)
Microsoftが、IEを無料で配り、「Netscapeの空気供給を断つ」というやり方を行使したことは、 今でも汚いやり方だったと思っています*1。それに加えて、さらに汚い手段を使うことが 出来るほどの力を、下手をすると「独占排他権」は与えてしまいます。 わたしは、そういう手段は、どうしても、まともな商売のやり方には思えないのです。
むしろ逆に質問させてください。なぜ、ライセンス料(仮に実施料請求権とでもよびましょう)を 行使できる権利では足らず、「独占排他権」が必要なのでしょうか?
念のために言っておきますと、「独占排他権」を廃止すべきだ。と、完全に傾いている つもありはありません。ただ、「『独占排他権』は自明の権利だ。」という主張は正当性を欠いて いるのではないかということは、強く思っています。
この前者に対する結論は、私の中では、まだゆれています。最終的には、前者に意見が 転じるかもしれませんが、まだ自分の中でも良くわかっていないのです。
*1 とはいえ、ソフトウェアがダンピングかどうかを判別するのはほとんど不可能。そういうわけで、オープンソースが時代の主流になっているのは、是非はともかくとして、ある意味で必然なのでしょう。
別に、ここで、オープンソース云々はどうでも良いです。そういう立場で発言している つもりはありませんし、ここでそういうレッテルを私に貼ろうとするのであれば、 私はそれを拒否します。私は、単に特許制度がどのような経緯で現在に至ったのか、 そして、現在どのような運用がされているのかを、正確に捉えておきたいと思っています。 その中で、「独占排他権」を、特許に対して自明に与えられた権利として特許制度が 始まったと考えるべきではないのではないか? と、現状で考えているのです。
また、
オープンソースコミュニティを他の企業と別扱いにする
などとおっしゃられていますが、どこからこういう話が出て来たのかさっぱりわかりません。 何か私はこういう誤解を受けるようなことを書きましたでしょうか?
「がめつい特許権保有者」というのは、特許に対して適正な利益を確保するのみならず、 独占権を行使して、市場経済を破壊するほどの不適切な利益を得るような人間のことを さしていったつもりです。 (もちろん、現在の法律で特許権による独占の行使は、独占禁止法に抵触しない限り 完全に合法です。しかし、それが本当に万人の幸福につながるかどうかは別問題です。)
あと、これも、なぜ、こんなことが、この文脈で主張されているのか良くわかりませんが、 一応補足させてください。(孫引きの引用ですみません)
他人の権利を認めるのが嫌だとかだだをこねるをやめて、自分の(ビジネス上の) 権利をうまく活かす道を探すべきではないのか。
これはこれで立派なスタンスだと思いますが、こういう主張をしたところで、 「独占排他権」自身の正当性を主張していることには、まったくなりませんよね? それに、私は他人の権利を認めるのがいやだとか述べたことは全くないんですが。
体調も悪いので、こちらは 後回しにさせてください。一応、
ところで「核兵器」「恐怖感」などの冷戦時代になぞらえた比喩は、どの辺から出て来たものなのですか? むしろそちらの方が気になったりします。
の部分ですが、特に出典はなく、思いつきで書いただけです...。すみません。
あと、(なんだかんだいってひっぱってみる)
独占排他権の是非を論ずるのに、「技術的な摸倣の必要性」、「有用な技術を20年も停止させておくのは社会的に見て大いなる損失か否か」などについて述べるのは意味の無いことのように思えたからです
このあたりの理由について大変興味がありますので、よろしければ、 詳しく説明してくださると嬉しいです。
うまく文章がかけない。やたら訂正しながら書いてる。;_;どうしてこんなに間違えて書いては、 あわてて直してるのやら。本来ならuploadしなければいいんだろうけど、ついやってしまうと いうか。
こんばんは。そのべ@こまがわ です。<br><br>> 独占排他権を含めて特許が創造を妨げないのであれば、独占<br>>排他権の是非を論ずるのに、「技術的な摸倣の必要性」、「有<br>>用な技術を20年も停止させておくのは社会的に見て大いなる損<br>>失か否か」などについて述べるのは意味の無いことのように思<br>>えたからです。<br><br> これは、<br> 最初にコメントした時には「独占排他権」の「独占」が「独占禁止法」でいうところの「独占」に結びつけられて考えられているということが読めてなかったんです。それで、特許は直接には技術的な摸倣を制限しないし、技術を20年も停止させるわけでもない、なのになぜ「独占排他権」の是非を論ずるさいにダメな理由のように書かれてしまうのだろうか? と思ってしまったということです。こちらの誤解が一番最初にあったと思うので忘れてください。すみません。<br><br> 実は、特許と「独占禁止法」を並べて考えたことはなかったんで個人的に勉強になりました。ただ、同時に疑問も浮かんできて、<br>「独占排他権」の独占と「独占禁止法」の独占は同じものなのでしょうか?<br><br>と聞いてみたかったのですが、僕の方は頭がオーバーヒートしてしまいきちんと説明できる気がしません。ですので今日はこれで失礼します。