非日常の風景〜会津の旅1日目

温泉へ行こう。

旅行というとそれがお約束だというように、私たちは夏にゆっくり温泉に行く事を相談しあった。

心は一つだった。

今回の旅は、彼がトロッコ列車に乗りたいと言い出したのでその近辺の温泉に決定した。

目指すは会津。

彼の今回の目的はトロッコ列車と喜多方ラーメン。

私はというと会津の案内を読みながら、白虎隊関連の見学と酒蔵見学+利き酒。そして何か体験系の遊びがしたいと考えていた。

幸い宿は白虎隊のお墓や資料館なんかがある場所から近くて、そのまわりでは多種多様な体験遊びが揃っていた。

赤ベコやろうそくの絵付け、和菓子や蕎麦作り、モビールおもちゃの作製等なかなか魅力的なプランが多かったが、私はかねてより興味のあった陶芸にねらいを定めた。

絵付けじゃなく、手捻りで作らせてくれる釜を発見。彼となにか記念になるものを作ろうと話し合う。

1日目の宿は温泉街にもうとってある。

でも2日目の宿は取らずに出発した。

2日目は繁華街近くに適当な宿を見つけ、素泊まりにして夕食は街の居酒屋で土地のおいしいものを食べようという計画だ。

もしうまく宿が見つからなかったら1泊。

かくして私たちは2泊3日を目指して旅に出るのであった。

会津田島から会津若松へ向けてトロッコに乗る。

コレが1日に1本。昼1時過ぎ。

発車時刻から逆算して、私たちは6時前に家を出た。こんな早起きは何年ぶりだろう。

車で行く事も考えたが、電車に揺られて駅弁とビール案が採用された。

浅草でお弁当を買う。残念ながらたいした種類が無かったが、ここで買っておかないと昼過ぎ、最悪の場合トロッコが会津若松につく2時ごろまで何も食べられない。

私はおにぎり弁当、彼はトリ飯弁当を買った。

後はビールを2本とホタテの燻製、チーズかまぼこを買って電車に乗る。

朝早いせいもあり車内はかなり空いていた。そこから3時間、私たちはゆったりとボックス席を占領して会津田島まで向かった。

お弁当を食べてビールを飲んでくだらない話をしていたんだけど、朝が早かったため1時間もしないうちに2人してアッサリ眠りに落ちた。

目が覚めたら既に到着駅に近く、窓の外には緑が豪勢に広がっていた。

付いた会津田島の駅はビックリするくらい何も無い駅で、すでにトロッコ列車はスタンバイしている。

私が並んでいる間、彼は土産物屋でビールとつまみと、そして地酒の男山のワンカップを購入した。

1両目が展望車という名の普通の列車、３両目が窓ガラスのあるお座敷列車。そして目指すトロッコ列車は2両目だった。

混んでいるんじゃないかという私たちの心配は全くのハズレで、お盆から1週間ずらしただけで車内はガラガラに空いていた。

1車両に2・3組。展望車とお座敷列車に至っては1組いるかいないかで、ちょっと混んだスリーナイン程度だ。

お座敷列車内ではカツ丼がたべれて、その他の場所でもお酒やおつまみ、駄菓子やジュース、お土産なんかも売っている。

念願のトロッコ列車に乗って、彼は微妙にてれくさそうだけどやっぱり嬉しそうだった。男の子だなぁ。

列車はゆっくりと山間部をのどかに走り、川を渡る橋の上や絶景のポイントでは停止したりして楽しませてくれた。

そのたびに私たちは左右のボックス席を行ったり来たりして、沢山の景色を眺めてはビールを飲んだ。

停車した山の中の駅では2匹のセミが彼を襲ってきたり、それをつかまえてセミ捕まえたの何年ぶりかなあと子供のように笑う彼を見て、なかなか正しい日本の夏休だなと満足する。

思ったより地味で、思ったより楽しかった。

会津若松の駅は、多少は開けていたがやっぱりすごく田舎で、駅前のドムドムがいい味出していた。ドムドムて。

そこから電車を乗り換え、15分ほどで喜多方につく。

帰りの電車を確認したら、なんと1時間半後だった。

帰り道のことはとりあえず保留にして、喜多方ラーメンの元祖『坂内食堂』へ向かう。

ラーメンマップを片手にうろうろ歩く。喜多方は小さな町だが、ラーメン屋があちこちに点在しているため結構歩く。しかもお目当ての『坂内食堂』は少し離れた所にあった。

地図が結構大雑把だったけど、人に聞けば分かるやと簡単に考えていたら人自体が少ない。

結構迷ってたどり着いた『坂内食堂』は、なんとお盆休みだった。

前日味比べをしようと東京の支店でわざわざ喜多方ラーメンを食べるという念の入れようだった私たち。とりわけ彼はガックリ。

喜多方が嫌いになりそうだとブツブツ言い出した彼を引っ張って、またもと来た道を戻った。

結局次の候補にあがっていた駅前の『丸山食堂』に入る。

お盆明けの週のうえ、3時という外れた時間のためか店内は私たちだけ。店のオヤジがのどかに甲子園を見ていた。

彼がチャーシュー麺、私がメンマラーメンを頼む。

のどが渇いたのでとりあえずビールで乾杯した。朝からずっと飲んでてもすぐ汗となって出るようで、このときのビールもやっぱりのどに染みておいしかった。

出てきた水がさらにおいしくてびっくり。なんでも地下水を引っ張ってきて、そのうえろ過して使っているらしい。オヤジが自慢げに何度もおかわりを進めてくれる所が微笑ましい。

出来上がって来たラーメンはアッサリとしていて、水のおいしい所でしかできない素朴な味だった。

東京ラーメンはあの水のくささをなくすために色々コッテリ煮込んでいるのではないかと思うくらい、あっさりとした醤油味でコレがしみじみとおいしい。優しい味という言葉がぴったりくる。

チャーシューも喜多方特有の角煮を切ったような厚さで、麺の上にびっしりと景気よく並んでいる。とろとろしていてとてもおいしかった。

彼からチャーシューを分けてもらいながら沢山食べた。彼はビールも飲んだのに、スープを最後の一滴まで飲んで満足げだ。

今回の旅行で喜多方ラーメンを最低2杯は食べたいと彼は私に宣言した。

私もここのラーメンのおいしさにすぐその案に賛同する。

気が付くと調理場のオバちゃんたちも店の片隅に出てきて、しきりに甲子園の勝負の行方を議論しあっていた。

壁にかけた色あせたメニューと大きな古時計が時の流れを止めたようで、まるで田舎のおばあちゃん家にいるようなゆったりさだった。

会津若松に戻るには3つ方法がある。

どうせ15分程の距離だから思い切ってタクシーか、時間が合えば市バス、最悪駅で待てば電車がやってくる。

バスターミナルへ行くとちょうどバスが来る時間だったので早速載る。

会津若松までの料金が900円近くしてビックリする。電車は250円ほどでたったの15ほどでつく。バスはどうやら市内をぐるりと回って、1時間ほどかけて到着する。

まあ急ぐ旅でもないし、まいっかと乗り込む。

最初は流れる喜多方の景色をめずらしげに見てたんだけど、ある事が気になりだした。

所々に点在するラーメン屋に掲げられたりなかったりする【老麺の会】とかいう組合のようなものの旗。

彼がそれを見つけるたびに、あれは組合に入らない新参者の店をいじめる古くからいるラーメン屋の会だとか、暗い陰謀を感じるとか、楽しそうに私に作り話を披露した。

【ろうめんかい】とか呼んでいたんだけど、途中止まったバスの停留場の名前が【老町】とかいて【おとなまち】と読む強引なものだったので、彼の脳内にあった【新参者をいびる食えないお年より集団ろうめんかい】のイメージが一変して、イキナリ神秘的な活動内容を匂わす【美人女将の切り盛りするおとなめんかい】に変身した。

それでもやっぱりドロドロとした闇を感じるそうだ。

そんな彼のなかなか壮大な想像から取り残されたかのように、窓の外にながれる喜多方の景色はのどかでラーメンと蔵だけが見所の寂しさだった。

会津若松の駅から私たちの今夜のお宿のある東山温泉までは、これまたバスを乗り換えて向かう。

ちょうど乗り継ぎもよく、会津若松の駅から20分ほどで温泉街の入り口に降り立った。

私たちの宿は温泉街の一番奥にあったため、そこから10分ほど坂道を登った。

すぐ隣では川がものすごい勢いで流れている。会津では2、3日前大雨が降ったそうだ。

ついた旅館はこじんまりとした古びた宿で、障子に鍵がついている懐かしい感じのする部屋だった。

軽く温泉につかり、そのまま夕食までぶらぶらと温泉街を探索した。

宿で借りた下駄がカラコロいったり浴衣のすそがヒラヒラしたりするのが、いかにも温泉旅行といった感じで楽しい。

8月一杯はお祭りをやっているらしく、小さな出店なんかもあった。小さな食堂に入ってビールを軽く飲んで休憩し、一息ついてからまた冒険の旅に出た。

寂れたストリップ小屋の前をワクワクしながら覗いた。なんでも今中では関西と関東を代表する美人踊り子さんが大開脚で競っているらしい。

そんな魅惑的な旗が掲げられ、壁には中途半端にいやらしいヘタクソな女性のイラストが書いてあった。

その上の看板には【対決！！ミスユニバース！！】とかかれている。

日本人ばっかりじゃんねと彼にいうと、フィリピンぐらいは参加しているんじゃないかといった。

ふーんとかいいながら少し歩くと、そこには寂れたフィリピンパブがあった。こんなお宝には鋭いなと少し尊敬し、ストリップショーが3000円だったから見に行こうか真剣に検討したりした。

途中にある芸者の置屋に座るおばさん芸者と目があったり、足湯温泉が熱くてやけどしそうになったり、ご飯を食べたら屋台でタコヤキを食べようと誓ったりしながら宿に戻った。

彼は夕食は部屋食が好きなんだけど、今回は私のお願いが通ってこの宿となった。

この宿の夕食は囲炉裏を囲む。

幸い団体客が入ったため、私と彼は個室の囲炉裏端へ案内された。

静かで、小さく炭のはぜる音が心を癒す。

お世話係の仲居さんがまだ若く彼と同じ年で、ふっくらとしたツヤツヤの肌におっとりとした訛りがあって、なかなか素直でかわいい子だった。

囲炉裏には岩魚とエビと豆腐の田楽がくしに刺して焼かれ、香ばしい香りが立ち込めている。

焼きあがるまで前菜を、頼んだ地酒の冷酒で頂く。

この日は辛口ばかり3種類の地酒を頼んだが、どれも大変おいしく、キリっと爽やかな辛さがノドを熱くしながら通り、最後は優しい甘さが口の中に残る。

これが会津のお酒の特徴かどうかはしらないが、総じてそんな印象を受けた。帰るまでに何種類か飲んだが、1度もはずれはなく大変おいしかった。

出された馬刺しも名産らしく、ものすごく新鮮でやわらかくて驚いた。本当に綺麗な深い赤色だ。ニンニクがかなり利いたニンニク醤油で頂く。口の中に広がったニンニクの匂いが強烈だけど、馬刺しのやわらかさと冷酒のすがすがしさがプラスされて香ばしく感じてくる。

これは都内で食べる今日のオススメ馬刺しでは出ないおいしさだと思った。

馬刺しのおいしさに感動したりしてるうちに岩魚が焼きあがる。

頭から丸ごと食べられるといわれ、私と彼頭からかじりついてアニアニ食べた。自然と無口になる。

思ったより骨太だったけど、身がビックリするぐらいやわらかくて、陳腐な言い方だけど本当に溶けたかと思った。

しっぽやヒレに付いた化粧塩がしょっぱくて香ばしくて、結局骨もほとんど残さず丸ごと食べてしまった。

エビは大ぶりでミソも香ばしく、彼は頭をもう一度じっくり焼いてもらってバリバリかじっていた。

田楽は味噌がとてもおいしく、お刺身に気を取られているうちに少し冷めてしまい、アツアツのうちに食べればよかったと後悔した。

充分おなか一杯だったんだけど、最後にステーキが出てきてトドメを刺された。

囲炉裏で軽く炙った和牛はとてもやわらかくて文句なくおいしかったんだけど、馬刺しがあまりにも強烈だったので残念ながら印象が薄い。

あまりにもおなかが一杯になったのと日本酒に少し酔っ払ってしまい、結局祭り見物には行かず部屋で早いうちに眠ってしまった。

当然関東と関西の美人開脚対決は、どちらに軍配が上がったか分からず終いである。

ぜひとも我関西、がんばって欲しい。いざとなったら私が開脚する事もいとわないのだが、残念ながら私は体がすこぶる固く、加えてスタイル・顔面共に問題がある為今回は辞退した。

今日はよく動いて沢山食べたと満足だったけど、これはまだ前章でしかなかった。

翌日は本当に心行くまで会津を堪能するなかなか充実した一日となる