チナウ


2003-09-18 (木) あなたはだれをまつの。

そしてどこへむかうの。



初めてお会いする朝子さんというお嬢さんは、しっとりという言葉がピッタリくるような女性だった。



長野に住んでいるのですが、今週初め東京へ出張なのです。

一度お会いできませんか?



私はそのがさつな内面からかどうも女性にモテず、こんなお誘いはめずらしかった。

じゃあ会いましょうかと2,3度メールをやり取りして私たちは会うことにした。

私は朝子さんの事を何も知らない。

初めてもらったメールでのお誘いだった。

朝子さんは私の日記をずっと読んでくれているめずらしい人だった。

初対面なのに私のことを何でも知っているようで、私は何だか不思議な気持ちで向き合った。

東京はね、大きな地震が来るっていう噂がながれてるんだよ。

そういった私にニッコリ静かに微笑みながら、それもいいですねと答えた。

夢見るような声だった。



   ねえトモ吉さん。地震が来てもし死ななかったらどうしますか?



言われた意味が一瞬わからず、私はどう答えていいのか迷った。



   もし地震が来て、ここが瓦礫の町になったら。私もね、あの時神戸にいたんですよ。



私より3つ年下の朝子さんは、聞けば大学は神戸だったらしい。

年代も過ごした場所も同じだった事もあって、私達は懐かしい店の話や、懐かしい海の色、チョッピリ恥ずかしい若い頃の想い出を語り合った。



   朝子さん、私ね。あの震災の直後三宮の駅へいってね。吐きそうになったんだよ。

   建物が皆斜めで、自分が真っ直ぐ立っているのか分からなくなったの。



   私もですよ。

   目印だった建物も皆崩れて、どっちをむいてるのかも分からなくなりそうでした。

   自分が立っているのが間違っているのかと思いましたよ。



綺麗で鮮やかだった建物も、全てが灰色の瓦礫になった。

神戸のシンボルも、商店街の小さな店も、

みんな混ざって瓦礫になった。



朝子さんの当時付き合っていた彼も神戸に住んでいた。

スキーが得意な人だったが、今はやめてしまったらしい。

あの震災のとき、二次災害の火事で崩れ落ちる屋根が足に直撃したからだ。





彼は朝子さんのもとではなく、前の彼女の所へ向かう途中だった。





なんでもないことのように彼女がさらりと言うものだから、私は聞き流してしまうところだった。

かといってその事に対してどうコメントしていいかも分からず、私は思わず黙り込んだ。

トモ吉さんってもっとズバズバ言う人かと思ったと、彼女は少し笑いながら言った。

悪かったなと大人気なく拗ねる私を優しい目で見つめながら、やはりさらりと彼女は言う。







   わたしもね。あの時神戸に住んでいた元彼の家に真っ先に向かったんですよ。







夢見るような声だった。





瓦礫の町。無我夢中で走る恋人たち。

沢山沢山背負って自分を守っていたものたちは、あの地震で一瞬のうちに剥がれ落ちた。

軽くなった無防備な心に、飛び込んでくるのは辛い現実ばかり。

無防備な心は無防備に人を傷つける。

彼が危険を冒しながら向かったのは朝子さんが写真でしか見たことのない女性のもとで。

気が付けばたどり着いていた元彼のマンションは見事に崩れ去っていた。

朝子さんは力が抜けながらも、別れて1年以上経った彼が引越している事を祈った。

そしてその祈りは神様の元に届いた。

その後風邪の噂で彼は朝子さんと別れた直後、そこから2駅離れた町へ引越していたことを知る。

朝子さんと付き合っていた頃恋に落ちた女性と。

朝子さんと別れて同棲を始めていた。

古びたアパートは地震であっけなく崩れ、2人は二度と離れぬ世界へ行った。



   それでもね。

   私震災が起こるまで、元彼のことなんてほとんど思い出さなかったんですよ。



彼女の放つ一つ一つの言葉は、彼女自身が思っている以上に私の心にぶつかる。

一瞬なぜ私に会おうと思ったのか聞こうとしたが、結局聞けずじまいだった。

彼女が放つ言葉の中に、その答えが散らばっているような気がしたからだ。



   私も来年30なんですよ。今お付き合いしている人がいるんですよ。



   好きなんだけど、きっと、一人になる恐怖のほうが大きいんですよ。



   もう、今の彼ほど私のことを好きになってくれる人はいないんですよ。



   もう、誰かをものすごく好きになったりしないのかもしれない。



   そんな幸せな悩みを持っているんですよ。



心当たりのある言葉を聞きながら、私はただ朝子さんを見つめた。

そこにいるのは1年前までの私だった。

彼女が沈黙した。それは無言の私への催促だった。



   うん。私も一人に対する恐怖はあるよ。

   だって私は一人で生きていく気はないんだから。



私の返事に彼女はほっこり笑った。

寝る時に人の気配がないとイヤだって言ってましたもんね、彼女は昔からの知人のようにそう言った。

そうだよ。私はね。

大切なものでも、もっと欲しいものがあったらあっさりてばなすんだよ。

どうしようもない人間なんだけどね、ほんとはあんまりなおす気ないんだよ。

やっぱり優しく微笑みながら、私もですと彼女は言う。

私もユウザイですかねとか言うもんだから、思わず耳の後ろがかゆくなった。

恥ずかしくなったから、おもわず私のまわりにいるもっと恥ずかしいチンピラたちの話をした。

彼女は沢山笑ってくれた。





それは現実を生きる女の笑顔だった。











瓦礫の町に私は立つ。

イザという時はキミはどこにいる?

彼にそう聞かれて家かなとぼんやりと答えた。

何かあったら。俺は家の前を通る大通りをたどってそこへ向かうから。

その言葉を何度も思い出しながら。

瓦礫の町に私は立つ。



抗いようのない、そんな力に襲われた直後の世界。無力感。

信じがたい現実と、ゆっくり襲ってくる恐怖。





もう二度とあんな思いはしたくないから。





だから私は地震が怖いよ。





怖いよ。





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