チナウ


2004-02-06 (金) ぼくらの日常茶飯事。② [長年日記]

みやびちゃんの遅すぎる初恋。

先生ははじめてこの家に家庭教師としてやってきた日、綺麗な淡い色のシャツに薄手のジャケットを着ていた。

サッパリとした印象で、初夏の風のような爽やかさだった。

ママもすぐ先生の事を気に入った。

パパは晩酌に先生を付き合わせることもしばしばだ。

私と2コ下の妹ユミしかいない女だらけの家族に、お酒の強いお兄ちゃんが出来たようで。

先生ははきはきしゃべる礼儀正しい大学生だった。

今、目の前で英語のテキストをぺらぺらめくりながらウチワをはたはたさせている先生は、真っ青な生地に真っ赤な金魚が泳ぐアロハを着ていた。

無精ひげまではえている。

爽やかできりっとした好青年だったはずなのに。どっからみてもだるそうなチンピラだ。

怠慢だ。

  ねえ先生。

  なんですか、みやびちゃん。

  あのね先生、今日のアロハ・・・へん。

  そうですか。それはそれはありがとう。

先生はとても嬉しそうに笑った。笑うととても幼くなって、その笑顔は初対面のとき私とママを魅了した。

先生には高校2年になった春から大学に合格するまでお世話になった。

夏が2回廻ってきた。

夏になると先生はいつもアロハを着る。

派手なアロハは先生をチンピラに変身させる。

ママは毎回玄関で、先生のアロハについてコメントした。

  まあまあ先生、派手ですね。

  あはははは、ありがとうございます。

ママはニコニコと楽しそうだ。

激甘のファッションチェックはママの楽しみのようだった。

先生はいつもママの前でポーズを作ってニッコリ笑う。

どうでもいいけど、そのサングラスも派手だと思うよ。

私の問題を覗き込みながら先生がペンを走らせる。

説明はとても上手だと思う。余計なことは言わず、的確に伝えるとはこう言うことだ。

まつげ長いな。マスカラ塗ったらどうなるのかな。

  で、聞いてますかみやびちゃん。

  ねえ先生、明日花火大会なんだよ。知ってた?

  そうなんですか。いいですね、花火大会。

  先生も花火好き?

  花火を見ている女の子が好き。

  ふーん。私も花火好きだよ。

  女子高生ってね、すっげぇ短いスカートにしてるでしょ。制服。

  で、口あんぐりあけて上見てるわけよ。僕らはしゃがんで上を見るわけよ。

  ・・・?

  パンツ丸見え。でも気付かない。

  それって犯罪じゃない!

  拝見した後言いますよ。パンツ見えてますよって。とりあえず暑いからビールでものみに行こうかてね。

  それってナンパじゃない!

  あはははは。

そんなチンピラに女の子がついていくわけ無いじゃない。ほんと先生女の子を分かっていない。

でも先生ってそんなこという割に、私の友達の事とか聞いてこない。

女子高に興味ないのかな。

  で、聞いてますかみやびちゃん。

  ねえ、先生って女子高に興味ないの?

  女子高に興味の無い男はいませんよ。はいこの問題をやる。

  ねえ、先生って彼女いるの?

  いますよ。

一瞬ドキッとした。

でもなんとなくそんな感じもしてたし。でも直接聞くとやっぱりインパクトあるな。

ふーん、せんせいやっぱり。彼女いるんだ。

  で、問題をやってくださいみやびちゃん。

  ねえ、彼女って同じ大学の人?

  そうですよ。

  じゃあ毎日会えるからいいね。

  うーん。毎日って言うか。

  ?先生学校ちゃんと行ってないの?

  いや、一緒に住んでるから。

心臓が止まるかと思った。

そのあとものすごくどきどきした。

なんかすごく生々しくていやだ。ほんと、嫌だ。

  はい、この問題は間違いです。もう一回良く考えて解いてみてください。

嬉しそうに私のノートに大きな×印をつける。大人気ないよせんせい。

先生の髪からシャンプーの匂いがした。

それはパパが使うようなミントの香りじゃなく、でも私たちが使うような甘い香りでもなく。

サッパリとして、でも媚びない甘さが少しだけ混じって。

きっと、先生の彼女もこんな香りがするのだろう。

何だか先生が少し嫌いになった。

嫌だ。

それから数日後。私は恵比寿で先生を見た。

車が行き交う大通りを挟んで、先生が女の人と歩いていた。

女の人の顔は見えなかった。

ただ、先生は車道側を歩くその人を、そっと内側に導く。

自然に先生の腕がその人の腰を抱いた。

先生がその人に笑いかけるのが見えた。

それは。わたしとママが大好きな。

あの人懐っこい笑顔じゃなかった。

私は無理目だと言われていた大学に合格した。

パパもママも大喜びだった。

家族で大切な日に行くレストランに先生をご招待して、みんなでシャンパンをあけ乾杯した。

ユミは綺麗な泡の立つグラスを少し舐め、その後先生にあげていた。

皆嬉しそうだった。

私だって嬉しかった。

そして

私だけ楽しくなかった。

パパとママはおばあちゃんの容態が悪くなって田舎へ行く事になった。

私とユミは残る事にした。

ユミはコレをチャンスにと、友達の家に泊まりに行った。

今日は先生がくる最後の日。

ママは最後にお話があるから、今日は日を変えてもらうよう電話をしなさいといって出かけていった。

私は電話をしなかった。

  こんばんわ。って。あれ?お母さんは?

  おばあちゃんの容態が悪くなって静岡にいった。

  そーなの?ほんじゃーまた日あらためるね。さよーな・・

  ねえ先生車?

  そうだよ?

  あのね、友達の家に泊まりに行くの。もう遅いから乗せていって欲しいな。

  うーん。近い?

  ケチ。

  いや、万が一事故ったら危ないからね。

  大丈夫だよ!

  君は僕の大切な。

  ・・・。

  金ヅルだからね。

  最低。でも今日でその金ヅルもおわりじゃん。

  それもそうだね。じゃあ乗せていくよ。

初めて乗る先生の車。

ちっさくてカワイイ。私もこんな車乗りたいな。

エンジンをかけると少しだだっこみたいに唸った。

先生がヨシヨシとかなだめてる。

サイドボード開けるとアメが入っていた。勝手にあけるなって叱られた。

タバコとアメ。

先生のタバコと彼女のアメ。

  で、どっちいけばいいの?

 

  ドライブしようよ。

  はあ?何言ってるの?

  だって受かったんだよ。ご褒美もらってないよ!

  こっちがクレって話だよね。お家に戻ります。

  えー。

  じゃあ、あの山ぐるっと回ってからね。

  やったー!

近くにある小さな山。山と丘の間くらい。

それでも街の明かりが小さくなって、低く遠くに見え始める。

うん。綺麗。夜景は綺麗。

でもそんなものに興味ない。

ねえ他の人は、男の人とドライブで、ホントに夜景に集中できるの?

先生は夜景の綺麗な場所に車を止めた。

  はい今からご褒美タイムです。10分な。

  短!!

  昨日徹夜で麻雀して寝てねぇんだよ。勘弁してくれ。

  アメたべていい?

  どうぞどうぞ。それもご褒美に入るからな。

  ケチ。占いアメだって。ふーん。

  ふーん。

  先生のじゃないの?

  しらね。

  舐めてて色が変わるんだって。白ならトモダチ。赤なら両思い。青なら失恋。

  トモダチて。甘酸っぱいねえ・・。

  先生又ドライブ連れてきてくれる?

  あー無理だね。

  どうしてよー。

  めんどくさいもん。

  ひどい!!

  あはははは。

  なんかコンタクトがへん。

  痛い?鏡あるよ。ほら。

  何この鏡。裏にプリクラ貼ってあるよ。

  あはは。ご愛嬌だよ。

  せんせい。

  ん?

  せんせい彼女のこと好き?

  なにそれ。

  好き?

  まあね。

  ふーん・・・。

  ほら、もう10分たつぞ。

  先生、アメ占いしようよ。

  うん?

  赤ならまたドライブつれてって。青ならもうこんなワガママ2度と言わない。

  ・・・。

  2度と会わない。

  ほんとかよ。

  ・・・。

  ・・・白なら?

  ・・・おうちへ帰る。

  あはははは。

  私は見ないから先生見て。

  どれ。見せてみ。

  あーん。

  あはははは。

  どっち?どっち?

先生はエンジンをかけて車をぐるっとバックさせた。

1発で方向転換を決め、坂をぐんぐん下り始める。

今度は車はぐずらなかった。

この車とは相性が悪いのかも。

  白でした。さあ、お家へ帰ろう!ぶーん。

先生はまたニコニコしながら車を飛ばし、10分もしないうちにおうちについた。

私はほとんどしゃべらなかった。

先生は気にもせず鼻歌を歌っていた。

  それじゃあ、またお母さんが帰ってきたら連絡して。さぁ、寒いからもうお家はいんなさい。

  うん。

  じゃあな。おやすみー。

先生はまたニカっと笑って車を発進させた。

いつもと変わらない笑顔。

私と相性の悪いあの車は、きっと真っ直ぐ先生のお家へ向かう。

彼女がまつ先生たちのおうちへ。

ねえ、先生コレはどおいう意味?

私ね。みたの。

コンタクト直す振りしてアメの色みたの。

きれいなきれいなブルーだったの。

ねえ。どおいうこと?

もう一度ママに会いにくるから?だから白だって嘘言ったの?

めんどくさいなら。どうして青って言わなかったの?

もう一度確認したくても、白って言われた瞬間噛み砕いてしまった。

のどの奥にはもう、ブルーのアメの甘さは残っていない。

先生なに考えてるの。

わかんない。

3日後家に着いたら見慣れた靴が玄関に。

27センチ。パパは26センチ。

パパはスニーカー履かない。

  みやびお帰り。先生みえてるわよ。

  よ!お帰りみやびちゃん。

  ・・・どうしたの?

  じつはね、今度から先生にユミの家庭教師もお願いしようと思って。

  !!!

  この前皆でお食事行ったときから先生には一応言っていたのよね。

  はい!またよろしくね!みやびちゃん!

  ・・・。

  だたいまー。あー!先生きてるー。

  よろしくね!ユミちゃん!

  私お姉ちゃんより成績悪いからなー。

  大丈夫大丈夫。さあがんばろう!

  ユミの部屋入るのはじめてだよね、先生。

  そうだね。

そういいながら2人は2階に消えていった。

先生は一度だけ振り返り、私とママにニッコリ笑った。

いまわかった。

大好きなあの笑顔。

営業スマイルだ。

ユミ。

まつげとツムジと八重歯には注意しなよ。

気をつけなよ。

私たちは金ヅル姉妹なんだよ。

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# 6-30 (2004-02-06 (金) 14:17)

いつも酒を飲ませて貰うのは、銀ガメ姉妹?>飴をなめさせる金ヅル姉妹


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