チナウ


2003-04-10 (木) 白く咲き誇る [長年日記]

大輪の華。



好意というのは実にストレートに人の心にしみてくる。

それを気が付かなかったとか、まさかとか、そんなのやっぱり言い訳のように感じる。

気付かなかったんじゃなくて、それは気付きたくないだけだったんだ。

無意識下の計算。逃げ。



24歳の頃、友人の頼みで半年だけクラブでホステスをしたことがある。

昼夜の労働で正直もつかと心配だったけど、幸いお店の環境がよく、私はヌルく稼いでいた。

働くときの条件は2つ。

ミニスカートははかない。

触られたくない。

なめきった条件だったが、それでも許してもらえたのは本当に困っていたんだろう。

幸い店はかなりの高級店らしく、来るお客さんは皆高齢で、会話をゆっくり楽しむ人たちがほとんどだった。

たまに酔った客がいても、他のお姉さんたちががっちりブロックしてくれ、半年も勤めていたのにせいぜい膝を数回触られた程度だった。

私は時給で働くその店唯一の存在で、その分競争もなくお姉さんたちには大変可愛がってもらえた。

私が同伴に付き合えば、食事の時間にかかった時給以外の同伴料は私ではなくお姉さんに付く。

そんなシステムにあえてしてもらい、お水戦争に一切関わらない環境を作った。

貧乏だった私は美味しいものさえ食べさせてもらえれば十分で、プロとしてその世界に入る気は毛頭無かった。



カヨさんに逢ったのは店に入って1ヶ月もした頃だ。

その当時ナンバーワンを誇っていたお姉さんの友人で、飲食店を経営しているやり手女性実業家だ。

おそらく30半ばを過ぎたばかりといったところだろう。

きりっとした切れ長の一重が知的で印象的な、とても綺麗なお姉さんだった。

その日はカヨさんの店の男の子8人を連れての来店で、その日ばかりは店に不釣合いな若い客で店は繁盛した。

いつもおじさまの相手をしているお姉さんたちは嬉々としてこの団体を接客する。

私はいつもどおり、呼ばれるまでカウンターに座り、バーテンの中武さんと他愛もない話しをしていた。



「トモさんお願いします。」



ちょうど中武さんのお孫さんの話になったところでボーイの新庄さんに呼ばれ、ちょっと心を残しつつその団体の席につく。



「トモちゃん、ここ、ここ。」



お姉さんに指定された席は、まさにお姉さんとカヨさんの間のゴールデンポジションだった。

カヨさんはつまらなそうに細い指でタバコを吸いながら、はしゃぐ男の子たちをぼんやり見ていたが、

私が隣に座ったとたん、じっと見つめてきてちょっと戸惑った。



「・・・髪の毛がぐしゃぐしゃやん。」



あわてて洗いざらしの髪に手をやった。

私は昔から髪を整えるのがヘタで、どうもおかしなことになってしまう。

くわえタバコのまま髪を触られ、私は本当に恥ずかしくなった。

その店で髪をセットに行っていないのは私だけだった。



カヨさんは翌日も来た。その日は初老の男性と2人であらわれ、やはり私は席に呼ばれた。

その日の私は、他のお姉さんにもらったブラウスを着ていた。

いつも適当な格好で現れる私を見かねて、何枚か着なくなった洋服をもってきてくれたものだった。

その服は高そうで、派手で、そしてなによりその世界でしか着れない代物だ。

昨日カヨさんに髪のことを言われてすごく恥ずかしかったので、その日はきちんと巻いていた。どの席に行っても好評だった。



「今日は衣装をきちんと来たんやね。」



言われて又恥ずかしくなった。衣装て。



「・・・似合いませんか?」



「似合わん。」



「さいですか。」



そのやり取りを紳士はニコニコしながら見ていた。





2日後、カヨさんは大きな紙袋を持って現れた。

そしてそれをまるまる私にくれた。

中には膝丈のタイトスカートが3枚、ブラウスが5枚、靴が2足入っていた。

お古だからあげるといわれたがブラウスは3枚、靴、スカートにいたってはすべて新品だった。

靴は女性なら誰もが知る高級ブランドのもので、ブラウスはすべて1枚が数万する某イタリアのブランドのものだった。

どれも恥ずかしくなるくらい上品で、上質のものだった。

受け取れないとぐずぐずする私を無視してすぐ着替えるように指示がくだされ、私は慌てて更衣室に駆け込んだ。

席に戻るとカヨさんはなれた手つきで、長い髪をバレッタできれいにまとめてくれた。

最後にカヨさんのグロスをやっぱりくわえタバコのまま塗ってくれる。



「あんたは派手なの着たらとたんに下品になるから。襟のついた、きりっとしたのがにあうよ。」



なんだかテレてしまって、柄にもなくもじもじしてしまった。



「なに?きにいらへん?」



「・・・なんか・・・プリティウーマンみたいですね。」



カヨさんは一瞬目をまんまるにし、そのあとケタケタと笑った。

そのままボトルをキープし、私や他のお姉さんにも気前よく飲ませてくれた。

中武さんを季節はずれのフルーツを注文することで困らせ、ありとあらゆる果物が夜中でも手に入る店へ走らせた。

カヨさんは店のラストまで楽しそうに飲みつづけ、ずっと私は隣に座って。

笑った彼女をはじめてみたと気が付いたときには酔いが回っていた。





その後カヨさんは事あるごとに上質なお客さんを連れて来店してくれた。

決まって私は席に呼ばれ、カヨさんを紹介してくれたお姉さんには大変喜ばれ、ご褒美に真珠のピアスをもらい、

そのお姉さんはその店で他の追随を許さない不動のNO,1の座を手に入れた。

休日の昼にもたまにカヨさんから電話が入る。

買い物に付き合い、彼女の幼馴染の経営するエステで全身を磨いてもらった。

真昼まからシャンパンを飲み、ああ酒は明るいうちから飲んでもいいんだと教わった。





ある休日いつものようにカヨさんと遊び、そのまま酔って家に泊めてもらうことになった。

関西の高級住宅地にあるマンション。

馬鹿でかいリビングで、ドッチボールできそうですねと感心する私にカヨさんはまたお酒を勧める。

その頃私はひとつの恋が終ろうとしていて、酔って泣きながらカヨさんにぐちった。

ゆれる視界、静かな音楽、神戸の夜景、薄暗い照明、低く響くカヨさんの声。

そのまま私は眠りに落ちた。





ベットのきしみで少し意識が戻りかけた。

寝心地のいい広いベット。

カヨさんが着替えを持ってきてくれたらしい。

私を少しゆするが、酔いと眠気でうまくおきれない。

やれやれとか言いながら、カヨさんは私のブラウスのボタンに手をかけた。

カヨさんの冷たい手を頼りに意識を手繰り寄せながら、なんだか今更お礼を言ったのを覚えている。

ありがとう、カヨさん、いつもありがとう、すごく楽しくて、酔っ払ってごめんなさい



女の人の唇が、こんなに弾力があるなんて知らなかった。



口から少しずつそれた唇は私のあごを甘噛し、首筋へ移って行く。

私は混乱する頭の中で、それでもどこかでそれは意外な事ではなない気もした。

下着をはずされ、直接手が胸に落ちたとき、私はようやく上体を起こして抵抗した。

小さな小さな抵抗に、カヨさんの動きがゆっくり止まった。

そのままぎゅっと頭を抱かれ、そしてパジャマに着替えさせてくれた。

着替え終わると布団におしこまれ、そのまま私は気絶するように眠った。





目が覚めるとよく晴れた月曜の昼で、私はサクっと会社をサボった。

見事な二日酔いだったけどカヨさんのつくるけんちん汁がおいしくて、私はすごい勢いでおかわりをした。

あんたは何があっても食欲だけはなくさないタイプだと言われたが、それは後の人生で立証中だ。

いつもと変わりない空気が流れる。カヨさんの態度はいつもと変わらない。私も昨日のことで不安は無かった。

彼女なら気まずい空気を作ったりしないと信じていた。





その後も変わらずカヨさんと付き合い、普通に遊び、食事をし、酩酊した。

でももう二度と家に行くことはなかった。





私はというとひとつの恋が終り、新しい恋が始まろうとしていて。





東京へ行くことをあっさり決意した。

誰の意見も聞かず、誰にも相談せず。





最後にあった日、恋愛の話になった。

カヨさんは言った。

私の好みのタイプは、ずうずうしくて、デリカシーが無くて、ワガママで、自分勝手で、図太い人が好みだと。

何だかけなされた気持ちになりますと言う私に、

あんたのそういうところが好きだと言われた。

私に対して好きという言葉を口にしたのはそれが最初で最後だ。



「あんたの物事を深く考えないむちゃくちゃさや、たくましさには正直呆れるわ。

でもどこでもやっていく図太さがあると思うから心配はしてない。」



又連絡しますと言う私に、彼女は笑顔で首を振って拒否した。

拒否されるだろうとは思っていた。

そんな都合のいい話は無い。

それでも1週間後電話した。

ゲンザイツカワレテオリマセンだそうだ。

それ以上私も探すつもりは無かった。





ちょっとドキドキしたりしたので、私にもひょっとするとそういう願望があるのかもしれないとか考えたんだけど、

それはやっぱり違ったように思う。

だって私はカヨさんの中に、多分自分の理想の男性像を見ていたんだと思う。

頼りになって、決断力があって、いさぎのいい。

そのうえ私をすごく大切にしてくれる。

私はそんな彼女にただ甘えきっていた。



そのくせ答える気はまったくなくて、ずるいところでストップをかけた。



彼女なら絶対私が嫌がることをしないと確信して。





その後東京に移り住んだ私は3年経って人生一番の苦悩の日々を送る。

毎日無気力に、怯えるように時間が過ぎるのをじっと待った。

くる日もくる日も携帯だけを握りしめ、忘れようとしながらも必ず電波の入る所にしかいなかった。

かかってくるはずの無い電話が一番大切で。

みじめで絶望的な日々が一月は続いた。





ある日電話がなった。

期待するとかそんなレベルより、先に体が条件反射のように動いた。



「もしもーし。」



一瞬誰か分からなかった。

私はかなり戸惑った声を出していたらしい。



「薄情な子ね。お久しぶり、カヨです。」



「カヨさん?!わぁ、お久しぶりです!!」



「どしたん?なんか景気の悪い声やね。こっちにまでうつりそうやわ。」



久しぶりの声に、私の涙腺はぶっこわれた。

ひたすらすすり泣く私を、カヨさん問いただしもせず、落ち着くまでまってくれた。



「とりあえず、あんたゴハン食べてる?」



「・・・たべでまず・・・」



「うんうん、ゴハンだけはちゃんと食べるのよ。あーもう。元気かなと思ったらどん底やん。

不景気がうつるから、切るよ。」



「ごべんなさい。」



「ゴハンしっかり食べて。あんたみたいに何も無い子はハッタリだけが命やねんよ。得意でしょ。」



「ハッタリて・・・」



「そうよ、気合いれて行きよ。じゃあね。」



「はい。ごめんなさい・・・」



「トモ。」



「ハイ?」



「今度あったらチューしようね。」



「はぁっっ?!!!」



「予告チューやん。ガッツリと。」



「イヤ何いってるんですかッッッ!!!しませんよッッ!!ホントにッッ!!」



「イヤする。絶対する。あんたももうそんなけ泣いたら男なんか懲りたらええのに。」



「それとコレとは別ッッッ!!!」



「さっきまで泣いてたくせに。」



「イヤッッ、ホントまた彼氏とかできるかもしれませんし!!!」



「あっそ。ほんならその時彼氏おれへんかったらも少し先進もか。」



「無理ですッッ!!!」



「ケチな子やねー。セコーい。」



「いやケチとかセコイとかいう問題じゃないですッッ!!」



「あっそ。ま、ええわ。うちも会社一回ひどかってんけど、最近又持ち直して絶好調やねん。

今度会うときは何でもこうたるわ。おいしいモンでも食べに行ってね。」



「ヤッター!!!!」



「そのあとチューな。」



「ダメーーーーッッッ!!!!」



「アハハハハ。ほんならまたね。まあせいぜいがんばってな。」



当然のごとくカヨさんの着信は非通知で、今現在に至るまで連絡は取れていない。

私の唇は幸か不幸かカヨさんには奪われず、今日も元気にメシ食ってます。

今ごろ彼女はどこにいるのでしょうか。

あの人のようなタフで頭がよくて、そして優しい女性はなかなかいない。

ステキな恋人ができているのでしょか。それとも誰かに予告チューをしているのでしょうか。







うん。チューくらいならされてもいいかな。





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# 中礼カヨ (2007-10-08 (月) 06:12)

自分の名前で検索して びっくりした


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