チナウ
2007-08-13 (月) 闇のタールに沈む夜。
■ 負の連鎖。
私の住む町にある本屋は、しょぼい上に1軒しかなく、欲しい本は大体古本屋で済ませたほうが品揃えが良いという有様だ。
しかしその古本屋もブックオフ等の大型店舗じゃなく、せいぜい支店があったとしても2・3軒という程度の規模の店が2店、完全に個人が経営している小さな店が2店ある。
その個人店舗2軒の経営方針は大変対照的で、片方は金髪の兄ちゃんがヘビメタを店内に響かせてシャウトしているような生命力溢れる店なのだが、もう一軒は入るのもためらわれるほど陰気な店構えで、店全体が静まり返り、オーナーのオヤジがだるそうにラジオをイヤホンで聴きいている。
ヘビメタ兄ちゃんは結構いいやつで、3巻セットの2巻だけほしいとか言ってもイイッスイイッスとためらいなく売ってくれるので良く行くが、いかんせん大音量のヘビメタになじめず、毎回せかされるように店を出る。
そしてもう一方の陰気な店には、よほどのことがない限り足を運ぶ気になれない。
その店は、扉を開けると手入れの行き届いていない古本独特の臭いがし、なんともいえない寂しいような息の詰まるような気持ちになる。
そしていつもなぜか入り口側半分しか電気がついておらず、うなぎの寝床のような細い店の奥はほの暗く、晴れた日には電気より差し込む太陽光を頼りに本を探すという有様だ。
こんな調子だから雨の日は最悪で、奥は真っ暗で本を探すどころではなく、沢山の時間と想いを綴じた書籍の念に押しつぶされそうになる。
先日、どうしてもほしい本があり、他の3軒をまわったが見当たらず、私は久しぶりにこの本屋へ立ち寄った。
どんよりと曇った薄暗い日で、予想通り店の奥は目が慣れるまでタイトルを探すのも困難な状態で、古本から立ち上る臭いに胸焼けをおこしながら探したが目当ての本は見つからず、やっぱりオヤジはラジオに耳を傾けながらだらしなくレジに座っていた。
ほしかった本が見つからずあきらめようかとしたそのとき、一番奥まったところにあるコミック文庫本のコーナーで、【生き人形】 の漫画がふと目に止まった。
どこにも金額を記すシールが貼られておらずキョロキョロしていたら、壁に【価格なき本全て100円】と意外に達筆な字で書かれていた。もう値段をつけるのもだるかったのだろう。
レジに持っていくとオヤジはやっぱりだるそうに、ラジオのイヤホンを外しもせず私が差し出した100円を見て言った。
「50円。」
「?壁に値段のないものは100円てかいてありますよ?」
「・・・50円」
本は値引きの必要がない程度には綺麗だったので不思議に思ったが、その瞬間はそんなことより、オヤジが初めて言葉を発したことに気をとられていた。
なんせこの店、本を買っても袋に入れないどころか(そもそも袋とかない)ありがとうすら言わない。そんなクールな接客スタイルだからだ。
古本の臭いから逃げるように外に出ると、むっと湿った熱気が勢いよく体に入り込み、肺を一瞬焼くような気がした。
【生き人形】の話をご存知だろうか。
オカルト好きな人ならピンと来る人は多いと思うが、かの稲川淳二を一躍怪談キングに押し上げた話だ。
この話を稲川順二が披露するや否や、今まで恐妻家で鬚でなみだ目のリアクション芸人のような扱いから、一気に怪談の第一人者にのし上がった。
それほど当時強烈な話だった。
そう。これはもう20年以上も前の話で、それがいまだに語り継がれている。そして数々の伝説を後に残した。
簡単に説明すると、悲惨な人生を送った少女の物語を人形を使って芝居を行うことになった。
出来上がってきた人形はなぜか最初から右手の付けがおかしく、作り直してもらおうにも人形の作者自体が行方不明など暗雲立ち込める出だしとなる。
関係者が同じ右側ばかり怪我をする、行方不明者が出る、死者がでるという様々な事件が起こる。
生き人形の手入れをしていた演出家は、そのうちわが子のように人形をかわいがり出した。
移動するときも手に抱く。
ある時手違いで人形をトランクに入れてしまった。あわてて取り出した時には、目を腫らして泣いたような顔になてしまったいた。
それをいとしいわが子のように、演出家は髪をとき、優しく語りかけなだめる。
そして少しづつ狂気へと落ちてゆく。
そしてとうとう、この人形に対する評判を聞きつけたテレビ局が、怪奇特集にこの人形を生出演させることにする。
そしてその放送中に、照明が揺れてお客がパニックになったり、幽霊が映っただのと大騒動となる。
お昼の生放送だったというのに、局には「あのテレビに映ってる子供はなんだ?!」という問い合わせが殺到したという。
漫画はそんな数々のエピソード集結し、重要ポイントだけをかいつまんだような作品で、そのあとには読者から「この作品を読んだ直後右側の手が腫れてきた」などのお約束レポートが掲載されていた。
私は生き人形をビデオやテレビで何度も聞いた。今まで散々怖がってきて、むしろ今回の本はアッサリ触れただけだななんて思いながら本を閉じた。
時刻は深夜2時を過ぎていた。
すでに隣で寝息を立てていた彼が、体がいたいと寝言のようにつぶやきながら寝返りを打った。
熱帯夜だった。空気が体にまとわり付くような、そんな不快な夜だった。
真っ暗にした部屋の中目を閉じようとした。が、ますます空気がよどんで感じ、寝返りを打つたびに重くねばりをましてゆくようだ。
ふと、枕元においた生き人形の漫画が気になった。
隣で彼が寝ているというのに。さんざん聞いた内容の怪談だというのに。
私はいつの間にかやんわりとした恐怖に包まれていた。
まるで誰かに見られているような、重苦しい空気に絡めとられるような、そんな闇に気付かないふりを必死にしながら、私は何とか眠りの糸口を手繰り寄せていた。
ピンポーン
重苦しい空気を切り裂くように、突然玄関のチャイムが鳴った。
本を読み終わり電気を消したのが2時過ぎ。おそらくそれから1時間ほどしかたっていないはずだ。現にカーテンから見える外の闇は深い。
こんな時間にセールスなんかがくるはずがない。気のせいか・・・
ピンポーン
!!!
確かになった。彼はぐっすり眠っている。
いや、何かの間違いだ。たちの悪いいたずらか。隣人が酔っ払って部屋を間違えたのか?
ピンポーン ピンポーン ドンドンドンドンッッッッ!!!!
誰かがチャイムを押しながら、尋常じゃない勢いで玄関の戸を叩いている!!
恐怖で私は動けなくなった。
次の瞬間、彼が飛び起き玄関へむかった。
ピンポーン ピンポーン ドンドンドンドンッッッッ!!!!
玄関には確かに人の気配が。
彼が声を出す。
「・・・はい。どちら様ですか?」
「・・・・○○県警です。○○さん(彼の名前)ですか?」
あわてて扉を開ける彼を、部屋の扉越しに恐る恐る眺める私。
外には4人の男達が立っていた。
「こちらに○○さん(私の名前)も一緒にいらっしゃいますよね。」
自分の名前を呼ばれ、飛び上がる私。
「ご実家は兵庫県ですよね。実はご実家に・・・・」
腰が抜けそうになる。
「娘さんを拉致しているという電話が入ったそうです。」
一瞬意味が分からずぽかんとしたが、一番前にいた警察官に名前を呼ばれてわれに返った。
私です。私が○○です。拉致されてません。私です!!
そういえば今日は彼と呑みに行って。そしてそのままかばんに携帯を入れたままにしていた!!
あわてて携帯を探り出すと、ディスプレイには着信3回と留守電3回分を記すマークがでていた。
すぐに実家にかけるとおびえるような母が出てきて、次に父が○○かと強い声で呼びかけてきた。
そうだよ。私だよ。拉致なんてされてないよ。いたずらだよ。
そう呼びかけても、最初にその電話を受けた母はなかなか信じない。
やっと開放されたのかなんて間が抜けたことを言っている。
泣き出す母から事情を聞きなだめている間、彼が警察に対応してくれ、4人の警察官は風のように去っていった。
母の話はこうだ。
夜10時過ぎ電話がかかってきた。
電話の向こうでは、女性のすすり泣く声が聞こえる。
少し幼さの残るその声に聞き覚えはなく、母は間違えてかけてませんかと問いかけた。
「おかぁさん・・・・・」
電話の向こうで弱弱しく、その女性は呼びかけた。
これはもう典型的なオレオレ詐欺の手口なのだが、あせった母は私の名を呼んだらしい。
「・・・助けて・・・」
「どうしたの?!!!」
「・・・・今男の人につかまった・・・体が言うことをきかないの・・・・」
「!!!!薬かなにか飲まされたの?!!!」
「・・・・違う・・・・・」
「お酒ね?!!また飲みすぎたの?!!!」
「・・・・・お母さん・・・体が言うことをきかないの・・・」
その後男の声で娘は預かった、誰かに言ったら写真をばら撒くと脅されたらしい。
しかし電話の男は母に金を要求するでなく、一方的に電話は切られた。
母は解放された私からの電話をまった。なんとか私が傷つかないよう、ことを表に出さないほうがいいと思った。
その一方で、もし私が変に抵抗し、万が一のことがあったらと思うと震えでたっていられなくなった。
我慢できずに寝ていた父を起こし事情を説明。時刻は12時を過ぎていた。
私の電話にかけるが、鳴るもののすぐに留守番電話になってしまう。
意を決した父が、警察に電話をしようとする。
そんなことしたらあの子は開放してもらえないかもと取り乱す母に、こちらに金を要求するでもなく乱暴目的なら、今後脅迫される可能性はあるかもしれないが、命をとるなんて割の合わないことはしないはず。
携帯の電源がつながっているうちに警察に届けようとなったらしい。
警察に届けたら当然彼にも連絡が行く。私達の仲はだめになってしまうだろう。
そういってあともう少し、もう少ししたら電話があるかもしれないとぐずる母を制して、父が兵庫県警に電話をかけ、その後迅速に警察官が我が家へやってきたというわけだ。
今後は必ず携帯は枕元におくといって母をなだめ、彼が何かあったら僕のほうにも電話を下さいと番号を教え、結局親からも彼からも、電話をかばんに入れっぱなしにしたわたしが怒られるはめになった。
なんだか腑に落ちないような。でも子を思う両親の気持ちに改めて感謝しつつ。
枕元に携帯をもってきた。
枕元には生き人形の本が。
お母さん助けて・・・・
体が言うことをきかないの・・・・
お母さん・・・・助けて・・・・・
生き人形は今、行方が分からなくなっているらしい。
# 04yoshi [「お酒ね?!!また飲みすぎたの?!!!」 ってとこに母の愛の深さを感じました(涙)]
# (・ε・) [オカンそこかい! 私も思わずそうつっこんでおりましたよ・・・・]