チナウ


2006-04-25 (火) !ココンチダレンチ?

注文の少ない料理店。

あの日の私はムショーにうなぎが食べたくて夜の町をさまよっていた。

スーパーで買って帰ったうなぎだって、一手間加えれば十分おいしくなるのだが、お店でなにもせずにお酒を飲みながら鰻を待ち、目の前にアツアツの奴が出てくる・・・そんなものをムチョーに求めていたのだ。ムチョー。

しかしその駅は普段通過してばかりいるなじみの浅い所、カンと食べ物の匂いだけを頼りに私は町をクンクンしながら徘徊していた。

残念な事にこの町の駅前には鰻屋は無いらしい。諦めかけたその時、私の目の前に手書きの看板が飛び込んできた。

【土佐料理の店 四万十川のうなぎもあります】

土佐料理といえばちょうど初鰹。カツオのたたきが大好きな私はその看板に釘付けになった。

が、更に気になるキーワードを発見。

【3500円以内で呑める店】

その2つしか書かれていない。店は2階で店内の様子がまったく見えない。本日のお勧めは?値段設定は?鰻はおいくらなの?

「どうぞー、寄っていかんかね!」

イキナリ声をかけられびっくりした。振り向くとなにやら買出しにいってたらしい女将さんが。

「・・・うなぎありますか?」

「あるよー。カツオもあるよー。寄って行きぃ。」

あっけらかんとした女将さんに思わずついていく私。

店内に入るとものすごい熱気に驚いた。5人掛けテーブルが5つ、10人ほど座れる座敷がひとつ、その全てが団体で一杯だった。

「そこ座りぃ」

勧められるままカウンターに座る。目の前には大皿に乗った色とりどりの料理が。

でも。メニューがない。

「何飲む?」

忙しげにビールをサーバーから注ぎながら女将さんが聞くので、じゃあまず私もビールをというと、じゃあこれ飲んどきーと注いでいたビールをドンとくれた。

ドンと。ピッチャーを。

・・・どうやって飲めと・・・。

「ああ、ごめんごめん、ハイ!」

からのジョッキを手渡されたが、いや、いくら私が酒飲みでも、いきなりピッチャーは勘弁して欲しい。ビールはジョッキ1杯にして焼酎が飲みたい。

「飲みきれなかったら残していいから。」

アバウトすぎる。

呆然としていると、カウンターから小皿がにゅっと差し出された。

見上げると無表情なお姉さんが、炒めたソーセージを差し出してくれた。・・・お通し?

マスタードをタップリつけカリっとかじったソーセージは当然おいしく、ジョッキのビールはスグになくなった。

「あのぅ・・・焼酎ロックでもらえますか・・・。」

「ハイハーイ、焼酎ロック!!」

焼酎何ありますかと聞く前に、またカウンターからものすごい速さで焼酎ロックが差し出された。これまた無表情な別のお姉さんだ。

カウンターにはどうやら日本語のたどたどしいチャイナなお姉さんが3人、無表情に並んでキビキビと仕事をしている。髪は清潔に一糸乱れぬ感じにまとめられ、手は止まる事がない。すごい。

ちびりと舐めた焼酎は、覚悟していた鼻の奥をグワッっと責めた後喉と食道を強烈にキックするような、安酒にありがちな挑戦的なものではなく、キリっとした辛口の中にほんのりまろやかさも感じるなかなかおいしいものだった。

「・・・あのう・・・メニューありますか?」

「アハハー!ないのよメニュー!食べたいものあったら言って頂戴!うちは安いから大丈夫よ!食べれないものある?」

「・・・イカだけ。おなかこわしちゃうんです。」

「あらー残念だねー。でも世の中食べきれないほどおいしいものがイッパイあるから大丈夫よ!!」

そうか。大丈夫なんだ。

そんな事を思いながらじゃあカツオ下さいというと、ちょっとはやいけどいいゴマサバが入ってるから食べない?ときかれたので、んじゃそれも下さいとお願いした。

お願いしたものの、ふとそんなに食べれるかと心配になった。

「おかーさーん!カツオとゴマサバねー!」

女将さんが叫ぶと奥から白髪の矍鑠とした女性が顔をのぞかせた。まだいたのか。この店はどうやら5人の乙女で切り盛りしているらしい。

老女はこちらを見つめ、ウム!と力強く頷いた。

な・・なんの確認?!

でてきた刺身は大ぶりの切り身が3枚づつ。うん、この量なら食べれる。

カツオのたたきというのを忘れたので、普通の刺身が出てきてしまった。私は普段カツオの普通の刺身はあまり食べない。たたいた香ばしさを頼りにしないと、なんだか血合いが生臭く感じそうでついついさけがちだった。

でもまあ食べれないわけじゃないしと一枚口に運んだら、これがサッパリしていて臭みがまったくなかった。おいしい!焼酎がふんわりと程よく香る。次にゴマサバを食べてみた。こちらは脂が乗っていてとろみがあるがけっしてしつこくない。今度は焼酎がすっきりと口内を洗い流してくれる。

おいしい!という私に、高知から来た新鮮な奴だからねと女将さん嬉しそうだ。

刺身を食べ終わる頃に、又カウンターからニュッっと小皿が差し出された。肉じゃがが少しだけ乗っている。もう一人の女性からも小皿が差し出された。そちらは筑前煮がやっぱり少し乗っている。

肉じゃがはホクホクでジャガイモのおいしさがよく出ている。

筑前煮はごぼうの食感もよく、鳥もホロリとほぐれ、こんにゃくやにんじんさやえんどうなどがとても綺麗。

少しづつ出してくれるのが又嬉しい。

なにかサラダっぽいのも食べたいなとカウンターを見渡していると、またお姉さんから皿を渡された。今度は水菜のシャキシャキサラダだ。ニクイ!

「ジャコ天食べない?おいしいのあるよ!」

女将が言うのでもらったら、あつあつのジャコ天にショウガや小ネギがタップリ乗ったのが出てきた。実家では父が好物なのでさつま揚げを甘辛く炊いたのがよく出たが、私はこうやって焼いて薬味と一緒に醤油で食べるほうが好きだ。これまたジャコのしっかりした味が出ていて、うますぎる!焼酎とあうし!

その後も炒り卵だとか卯の花とか酢の物とか、特別凝ったメニューじゃないけどしみじみおいしい、そんな家庭のお惣菜をプロの味にした懐かしいメニューが少しづつ出てきた。

他の団体客の所も私と同じ食事の出し方で、ただそれが大皿で出されるという感じのものだった。それでも一人一人には少しづつ回るぐらいの量で。お客のほうもなれたモンで、もっと食べたければ「この肉じゃがもっとくれー」とか酒の催促だけで、あとは勝手に出されたものを当然のように食べている。

カウンターにいた2人連れの客も、最初のビールを注文するとピッチャーで出され、小ぶりの空コップを渡されても(ジョッキが出払っていた)、さして驚くふうもなく当たり前のように飲み始めていた。

すごい。そういうシステムの店なんだ。

私がいたのは1時間ちょっとだろうか。その間にも3組ほど団体客が来ては、やっぱりいっぱいだったかーとかいいながら帰って行った。リピーターが多いらしい。その内また3人客がやってきて、私が帰ればカウンターに座れそうなので、私も引き上げ時だと思いお勘定してもらう事にした。というか。おなかパンパンだったし、結構飲んだ。

「あら!もういいの?んじゃ2500円でいいわ。」

エエエエエーーーーー。

少量づつとはいえ、6・7品ぐらい食べた。刺身も2種類食べた。ビールも結局ジョッキで2杯近く飲んだし、焼酎に至っては5杯ぐらい飲んだはず。どう考えても安すぎる。

「アハハー。いいのよ、うちはいっつもこんなかんじよー。」

ビビる私の後ろで、こっちも勘定ー!と10人席の団体客が叫ぶ。

「はいはーい、じゃあ35000円ねー。」

いや、あれ10人席だけど、12人ぐらい座ってますから。すっかり出来上がるくらい食べて飲んでしてますから。

それでも誰もが当然というようにお勘定して帰っていく。そして外でまっていた常連らしき団体が入ってくる。そんでまたピッチャー。 すごすぎる。

正直に感想を述べると女将さんは又アハハーと笑い、近くにあったメモ用紙をブチリとちぎり、うちこんなだから結構がさがさしてるのよ、もし2人以上なら電話頂戴!と電話番号を書き込んでくれた。大雑把で細やかな心配りだ。カウンターにいた常連らしき女性が、またママそんな走り書きでー、今度名刺作ってあげるよーと声を掛けてた。

愛されている店なんだなと思った。

初鰹の季節が来れば思い出す。あのステキな店。

たまたまでないとなんだかめんどくさい駅だったのでその後行かずじまいだが、最近キョウちゃんがあの店のある駅の近くに住む人と付き合いだしたらしいので、コレを機に行ってみたいと思う。きっとキョウちゃんなんかぞっこんになる。

あの店はまだあるんだろうか。

いや、あるな。きっとある。

そんな店が今も都内にひっそりとあって、店員たちが訓練された兵士のようにお客の腹具合にあわせ絶妙に料理を出し、老齢の貴婦人は人数に合わせて楽しめるだけの刺身をさばき、女将はおおらかに笑って客を迎え入れている。

もし自分が将来お店を持つ事になったら、きっととっても難しいだろうけどあんな店にしたい。

そう思わせる魅力的な店が。

・・・あ。今思い出したけど鰻食べるの忘れてた。

本日のツッコミ(全3件) [ツッコミを入れる]

# pino [何この店!?!?!? 酔ったトモ吉さんの妄想なんじゃないかっつうくらい、素敵すぎる。 うわー、こういうお店行きたい..]

# (・ε・) [何でも言ってねって言われても、食べ終わる頃に絶妙にだされるっちゃ。だから自分の食べたいものをゆっくりとと思う人には向..]

# (・e・) [もちろん電話番号のメモなんて残ってないから、今度キョウちゃんと行ってみるよ。]


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