チナウ
2003-10-08 (水) いつもははずさないのに。
■ なんではずしたか未だに不明。
子供の頃から、あまり物を持たない子でした。
集めないし買うとしてもボールとか、消耗品というか実用品と言うか。
物を眺めたり愛でたり、そういう感情が大きく欠落していたように思います。
今もですが。
動物にもほとんど興味がありません。
猫とか。子犬とか。
動物の中では唯一普通の柴犬のような犬。しゃんとしてて、飼い主の隣を自慢げに歩いているけなげな犬はかわいいなと思います。
あれはなんだかいじらしくてかわいい。
物を買い与えてもらっても、あまり大切にしない私。
貰った瞬間の喜びとか、それはずっと残るのに、その気持ちは物へは移行しないのです。
私自身も人に何かをプレゼントする時、その瞬間に相手が喜んでくれたらそれでもう満足なのです。
あとは相手がなくしちゃったりしても、まあ多少悲しいけどそれもまあありかなと思うのです。
だから私は指輪とか、身に付けられるものを貰うと嬉しいのです。
私の指にある指輪はたまには眺めたりもしますが、基本的にはもう私のからだの一部なのです。
愛でたり磨いたりするんじゃなくて。どんなときにも私の指にはまっているのです。
その存在を、つけていることすら意識しなくなる程。
彼から貰ったものが私の体の一部となり、私はそれが当然だと認識する。
そうする事で、決して交わって一つになることのない私と彼という2つの固体が、
なんだかそこだけ交じり合い、2人のもののような気がするのです。一つなのです。
何度も何度も、彼の中に入り込み、一つになりたいと願い、舌ですくいとり、爪を立てる。
いっそのこと溶け合って、私の存在自体なくなってしまえばいいのに。
そう渇望し、貪欲にむさぼった日々はいつの間にか過ぎ行き、
今は落ち着き始めたしじまに私はいるのです。
少し傷が付き、輝きが少しだけくすみ、
そのかわり私の手に馴染んで丸みを帯びてきた指輪がそれを教えてくれるのです。
デパートから買われてきた指輪が、私だけの指輪のデザインになってきているのです。
家事をしたり、ぎゅっと握ったり、手をつないだり、そんなことを繰り返して。
一方的に、何かに愛を注いだり出来ないのです。
沢山のものに、愛を注いだり出来ないのです。
一箇所に注ぐのが精一杯なのです。
私のことも愛してくれないとだめなのです。
おーい。
んー?
指輪、風呂場に忘れてたぞ。
やべ。