チナウ
2002-07-30 (火) 九ちゃんの言いたかった事はそんな事じゃないとかはカンベンな。 [長年日記]
見上げた空を
木が横切るように伸びている。
視界いっぱいを横切り
もう一本のまっすぐ伸びた大きな木に
もたれかかるように伸びている。
そのいびつな2本の木を
いつまでもいつまでも
私はバカみたいに口をあけて見上げていた。
週末相方が帰ってくるというメールが入った。
金曜日のクソ忙がしい日に私は神業を繰り出し、
定時きっちりに会社を飛び出した。
6時半到着の飛行機。
私が羽田についたのはちょうどその時間。
待ちきれなくて6時32分に電話した。
私の携帯の時計が4分進んでいる事を思い出して慌てて切る。
飛行機が墜落したらどうしようかとちょっとあせった。
もう一度確認しようとメールを見た。
到着は明日だった。
しょんぼりして帰りの電車に乗った。
横に伸びる木はとても細く
驚くほど葉をつけていなかった
みすぼらしく実りのない木
分っているあれは私だ
ションボリついでに最近仲良くなった美容師さんのところに行き、
しまりかかったシャッターをこじ開けて入った。
ありえない時間にありえない価格で髪を染めてもらう。
トムくんはイイやつだ。
本当は白っぽいミルクティーみたいないろにしたかったんだけど、
あんたそれやめれの一言で強制的に落ちついたくすんだ茶色い髪が出来上がった。
バックヤードの小さな冷蔵庫にぎっしりビールが詰め込まれていた。
タオルを洗う大きなバケツに氷と水をいれ、
持てる限りのビールと焼酎を入れてビルの屋上に登った。
トム君はひとっ走り近所の酒屋へ行き、
スパークリングワインのガンチアを買ってきてくれた。
はじめてあったとき、スキだといったのを覚えていてくれた。
ポンといい音を立て、コルクはどこかへ飛んでいった。
小さなグラスに3つのキャンドルの灯りだけを頼りにそそぐ。
あんのじょう私の手に冷たいものがくすぐったく伝う。
なぜこんな甘いワインが好きだったんだろう。
見ていて恥ずかしくなるくらい
私の木はその木にもたれかかっている
あの人の木は相変わらずまっすぐでおおきくて
うそくさいぐらいどっしりしている
背の高い人だった
ヒールを履いて背伸びをして
それでもたやすくキスさせてくれなかった
「涙がこぼれないように上をむいて歩こうってキューちゃんいってるやんかぁ。
あれムリや。
どんなに上向いても、こぼれるときはこぼれるよな。」
「ああ、そうだね。表面張力もおっつかないね。」
トムくんは私をウソツキだという。
だからいつも話しても半分しか聞いてくれない。
だから私は安心して話せる。
だからトムくんは半分しか聞かないようにしてくれる。
やっと暗がりにも目がなれてきた。
ビールの3分の2が泡だ。
「ねえ、これも表面張力?」
「そうだねぇ。」
私の指差したものを確かめもせず適当に答える。
多分私が何を聞いても同じ返事かもしれない。
トムくんが煙草を吸うのをぼんやりみていた。
私は彼の手が好きだ。
細くて長くて、でも男の人特有の骨っぽさがある。
この手でシャンプーをしてもらうと、
自分が小さな子供のようになった気がする。
まっすぐ生えた木の根元は
意外にも細かった
この木も必死なんだ
一緒にいたとき私は見上げるのに必死で
彼の足元を見ようとしていなかった
私の木の根元は
なんとマンションの一室から伸びている
根元は見えない
丈夫で硬いコンクリートの中に隠れている
だから実りのない木でも生きていけるのだろうか
「相変わらず切実な夢みてるね。」
「欲求不満かな、ガハハハ。」
「………誰にでもあんじゃないの。」
私はトムくんのなかにある木を想像した。
なんとなくだけど思う。
この人の中にも実りのない木が見えた気がした。
「東京の空には星がないとかなんとか言うやん。
本当にないけど、それはソレでまったく気にならないもんやな。」
「てか、星みることすら忘れてるしね。」
「見えなくても困らんもんやねんな。」
「だから田舎とか行くとかえって怖くなるよね。」
人生は一度きりで
私は一人だけで
誰だって一人だけで
なのに答えはひとつじゃない
体はひとつで
心はひとつで
なのに想いはいくつにもちぎれて
まるで田舎の夜空のようだ
「わすれてるもんやねんね。」
「いちいち思い出してらんねえよ。」
根元をおおう小さなマンション
硬くて 窮屈で でも安全で
守られているのか 囚われているのか
私が侵略したのか
そんな私を見下ろして
大きな木は涼しげに風に葉をゆらしている
「その木の上に星は見えたの?」
「見えんかった。」
「あっそう。」
「昼間やったから。」
「なんじゃそれ。」
私の木と平行に
飛行機雲が見えていた。
家に帰るとジャストタイミングで相方から電話があった。
私は今日羽田まで行った事を言わなかった。
今日見た夢がうしろめたかったから。
明日帰るとちょっとぶっきらぼうに相方が言う。
こんな時のこの人は照れているんだ。
本当に心から愛しさがこみあげる。
久しぶりだねタノチミーとラブなうけ答えをしてみた。
それより寝るときはパンツぐらい履けと言われた。
基本的に私は裸族だ。
東京の空には星がない。
でも雲は平等にある。
ちょとスモッグがかってても、
一応白い雲だってある。
寝る前に夢で見た飛行機雲を思いだし、
そのまっすぐな白さに、
なんだか少し救われたような気がした。
ハヤトチリ。或いはアワテンボウ。サビシンボウでもある。