チナウ
2005-06-14 (火) 君という輝きつづける奇跡。 [長年日記]
■ ぼくのだいすきなせんせい。
先生という仕事は大変だろうと思う。
実際の所私は教師ではないし、むしろ教師に迷惑をかけた側の人間だからなんともいえないが。
でも私たちの迷惑のかけ方はかわいいものだった。あかちゃんみたいなものだとおもう。
中本工事に似ているというだけで、授業の始まりの「起立!」の声の後、複数の生徒に鼻をつまんで「8時だよー」と1年間執拗に言われつづけ、涙目になった物理の先生が居たりした程度だ。
しかし世の中には困った先生というのも多数居る。
うちの弟の学校には、倫理の時間に「偏見を持った心を捨てろ!生まれ変われ!」とか言いながら首吊りロープ(きれいにループ加工済み)を掲げ大問題になった先生や、夜の工具室で改造銃を作り闇で売買し、新聞紙に華々しくデビューしちゃった先生も居る。
大学の頃、美術の教授にスミというおじいちゃんが居た。
ボンバーヘッドな白髪、今思うととってもシェケナな容姿で、眉間には常に深いシワが刻まれていた。
スミは常に熱かった。そして幼い頃から描いていた【ゲイジュツカ】という生き物を分かりやすくデフォルメして体現していた。
もっとココロを開け!情熱を滾らせろ!!と叫びながら教室をウロウロ歩き、写生をする生徒の耳元で何の脈略もなくイキナリ「全てを解き放て!!」と叫び、驚きのあまり悲鳴を上げた女生徒も一人や二人じゃなかった。
またスミは明るい色を極端に嫌っていた。
どんなデッサンもカラフルなデザインも、最後はグリグリ黒で塗りつぶす事を執拗に要求した。
冗談でもなんでもなく、スミの単位を取りたければ鉛筆1本使う気で、ボールペン1本潰す気で、黒の絵の具全てをひねり出す覚悟で、もうこれ以上黒くしようがないくらい塗りつぶすと点がもらえた。
もちろん全ての作品が真っ黒だから、誰が何を書いたかなんて分かったものじゃない。
真っ黒に塗りつぶした画用紙に、【追想〜過去という名の見えない物質】とか、【りんごとユリと骨〜滅び行くもの】とか適当につけて提出する。タイトルで黒の下にさも絵があるように想像させるという斬新なジャンルがずっと続いた。
スミは特にボールペンを好んだ。真っ黒に塗りつぶされた画用紙が無計画にグリグリやられたものか、一応作品を書いた上でグリグリしたものかを判断するかのように目を閉じ(←もうこの時点でおかしい)、指先で筆跡を辿りニヤニヤしていた。あれも一種のレアなフェチだ。
そして木炭で真っ黒になった手を満足そうに見つめ、わざわざ白い服を着ている生徒のそばに行き、いいぞいいぞといいながら背中をバシバシと叩いた。当然横綱級の手形がくっきり背中につく。
アレはわざとだ。確実にわざとだ。白を着た生徒は必ず、例外なくやられる。だからスミの授業では白は厳禁、ニットなんか着ようものなら毛足の中までグリグリし、見事なグレーを作り出す。
スミの授業のある日にうっかり白を着てきた生徒は、泣く泣く自主休講するしかなかった。
しかし白じゃなければ安心というわけでもない。相手はスミだ。
ある日私は赤のTシャツで授業に出てしまった。
スミは教室に入り私を見るなり、手に持っていた教材を教卓の上に投げ出し絶叫した。
「赤は情熱の色!!欲情の色だ!!!」
やってもたーという絶望が私を襲ったがもう後の祭り、スミは水を得た魚、激流を登って来る鮭の勢いで私の赤いTシャツに対する意見を炸裂させた。
「赤はナァ!!ココロをざわつかせるんだ!!特に男を欲情させる色なのだ!!オイ!!オマエ!!オマエはあれだろ!!自分の力じゃどうしようも出来ないから赤という色のもつ力を借りて男を誘おうとしているんだろ!!そうだ場所は駅だ!!反対側のプラットホームに立つ男を!!誘って誘ってムラムラムラと気持ちを高ぶらせるんだーーー!!ムラムラムラーーーッッッ!!!」
何故駅?何故わざわざ反対側のプラットホーム?いや、そもそも何故このおじぃちゃんが逮捕されずにずっと教職につけたのかが大疑問なのだが、仕方ない。相手はスミだ。理屈なんて通用しない、スミという生き物なのだ。赤を着た私が悪い。スミは目を閉じ自分の言葉に興奮しながら、手を自分の体に這いずり回してクネクネしている。元気な老人だ。
そんなわけでスミの授業は、彼が愛した黒そのままに、喪服のような生徒が鎮座した。
しかし、服を黒にし、自分を回りに溶け込ませる事ができる生徒はいい。どうしようもないことで目を付けられた生徒も居た。山田だった。
山田はクラスでも地味で、大人しく、化粧っけゼロのめがねおかっぱ生徒だった。
山田がはじめての授業に出席した時、スミは唐突にこう言い放った。
「・・・で、物を表現するという情熱はヨーロッパ・・・・・・オイ!!オマエ!!!」
元々地味な服装の上地味な性格地味な顔面。まさか自分の事とは思わなかった山田、思わずキョロキョロする。
「オマエだオマエ!!そこの、鳩みたいな顔した奴だーーー!!!」
山田ビックリ!人生で一番注目を浴びた瞬間。
「なんだオマエはキョトキョトして。鳩みたいな目をしやがって。いや、オマエはハトそのもの!!ハトだハト!!なけーー!!クルッポー!!(←自分で鳴いた)
・・・で、古来から芸術というものは・・」
又何事も無かったかのように授業を再開するスミ。ますますキョトキョトする山田。
その後も話の途中で、「な、ハト。」と普通に山田に話し掛ける始末。コレが1年間ずっと続き、他学科の生徒にまで、山田という名前は認知度ゼロでも「ハト」という名で一躍時の人となった。
またスミは装飾も嫌った。
授業中テキストに載った著名な画家の絵を指し、この絵のタイトルを答えろといいだした。
テキストにはちゃんと、「窓辺の女」とか何とかかかれている。
そう答えた生徒にスミは、違うといって譲らない。
「ばかもの、この絵を良く見ろ!!この絵のタイトルはな、【ブスのくせに指輪をゴタゴタつけて勘違いしているバカな娼婦】だァァァ!!」
フェミニスト団体が聞いたら白目むいて襲ってきそうなこの発言も、全てはスミ様のおっしゃることとスルーされる。そして、ごてごてしたブレスレットをつけた者、大ぶりのイヤリングをつけた者はスミが飛びかかり、没収したりその場に投げ捨てたりと餌食になった。
「己を飾るな!!ココロを見せろ!!」というよく分からない大義名分の元、スミはやりたい放題元気イッパイ生きていた。
輝きつづける残り少ない人生・・・・。
そんなある日、またスミはいつものように絶好調で授業を終えようとしていた。
最近では皆警戒して隠している為収穫は少ないが、それでもその日はブレスレット2本を投げ捨て、黄色を着た生徒にちょっと精神に問題があるんじゃないかとか俺流カウンセリングを披露して満足げだった。
次回の課題を言い渡し教室を眺め回した後、何かに気がつきナオのところに一直線に駆け寄ってきた。(机に突進されギャーと叫ぶ生徒多数発生)
その日のナオの指には大きな緑の石のついた指輪が。
「こんな偽者のガラス玉をつけているから堕落するんだ!!」
スミはナオの手から指輪を抜き取り窓の外へポイ。今までにも見たことある光景なので、皆あーあぐらいにしか思っていなかった。
そんななか、冷静にナオがスミに言った。
「今の指輪はおばぁさまからいただいたエメラルドです。今日はこのあと親族の大切な集まりがありますので、おばぁさまに見せるためにつけてまいりました。おかぁさまもとても似合うと言ってくれていた物でしたから、なくなると皆悲しむのですが。」
教室がしんと静まり返る。
「なくなったとなるとおそらく、親族が学校に伺ってご迷惑をお掛けするのではないかと思うのですが。」
ナオの父親は有名なお寺に育ち有名私大の学長、母は日本を代表する文化の家元、姉はおきさき候補にまで上がった由緒ある家。
あのでかすぎてガラス玉にみえた指輪は間違いなくエメラルド。
鳴り響く授業終了のチャイムの中、ナオは優雅に立ち上がりスミに一礼して教室を去った。
その日の午後、美術室の下の芝生に一攫千金を狙うトレジャーハンターが集まったが、すでに立ち入り禁止のロープが張り巡らされ、その中心でスミが他の生徒が入ってこないようシャーシャー息を荒げ威嚇する姿があった。
その後スミは相変わらず黒を愛し、白の服を汚して周り、明るい色の服を辱め、山田を気軽にハトと呼んだ。
しかしあの事件以来、指輪だけはお咎めなしとなった。
一応学習はしてるらしい。
はじめまして、こんばんは。<br>スミさんみたいな人、いましたよ。小学生の頃。<br>色々やらかす人でしたけどいい人でした。<br>でも今に想えば、少年好きの危ないおっさんだったのかな?
はじめまして!て!<br>スミ系を小学校から体験するのは、微妙にトラウマになりそうで心配です。しかも少年好きて・・・。(ハードル高すぎ)
kotoliさんの、「こんばんは」と書き込み時刻の微妙なバランスは、さすがスミナイズ時空だと感心せざるおえません。英再教育の賜物ですね。