チナウ
2003-05-20 (火) なにも言えない。 [長年日記]
■ わりぃ。
きれいで優しい夢を見た。
淡い淡い色の丘を、私は笑いながら登っている。
ああ、私はこんな顔して笑うのか。
鏡のなかには見ることの出来なかった、力の抜けた、ゆったりとした笑顔。
目が覚めた。ぼんやりと天井を見つめる。
私の目からたくさんの涙が零れ落ちた。
会社に来てメールをチェックしていると、受信欄にすごく久しぶりにみる友人の名前が入っていた。
何事かと思いながら開いてみた。楽しそうな内容ではなさそうな気配はしていた。
簡単な挨拶と近況報告。
5年付き合っていた彼と別れたらしい。
同じ年の大変仲むつまじかったカップルは、彼の心変わりという形で幕を閉じた。
厳密に言えば一方的に幕は落とされた形で、彼女の中では何ひとつ終っていなかった。
私は彼のほうと仲がよかった。
むしろその友人は、私の男友達の彼女と言ったほうが近いくらいだ。
手紙の内容から、彼と私が何かしら連絡を取っていないか、そんな情報を伺うような内容が見て取れた。
残念ながらその彼とはもう何年も連絡を取っていない。
彼女のなりふり構わない哀れでいじらしい行動に、ああ、もうこれは戻んないなと無責任にかんじた。
結局ここ数年連絡を取っていないという事と簡単な慰めの言葉を書き、私は早々に返事を返した。
驚いた事に、彼女からの返事は夕方には届いた。
一体何の仕事をしていたんだろうかと記憶を手繰るが思い出せない。
あまり気が進まなかったがメールを読んでみた。
どうして彼はそんな酷い事ができるのか、どんなとき男性は浮気をするのか、どうすれば戻ってくるのか。
そんな質問が、精一杯の言葉のオブラートに包まれ散りばめられていた。
私の近況も友人たちから回っているのだろう。
それらの質問には静かに、でも彼と同じような事をした私を責めるようなニュアンスが含まれていた。
1度だけ恋人に裏切られた事がある。
人が聞くと、それは裏切りにも入らないといわれるかもしれないような内容だったけど、
その頃の私はそれを許す度量が無かった。
それ以前に、その人と私の関係はまだ始まったばかりのあやふやな時期で、
彼には周りが嫁と呼ぶほどの長い付き合いの彼女がいた。
それでも彼が欲しくて欲しくて、私は自分の欲望のために彼女から彼を取り上げた。
罪悪感なんてちっともなかった。
そのくせ彼の小さな浮気心を私は見逃さず、それを許す事が出来なかった。
好きすぎて、好きすぎて、それは酷く私を傷つけた。幼い恋愛だった。
私は強がって、彼に自分から別れを切り出した。
本当は彼が引き止めてくれるのを待っていた。
でも彼は結局他の女性の元へ行った。
どうしてそんなひどいことができるのだろう、そう思いながら私は何日も泣きつづけた。
今の私なら分かる。私が選ばれなかった理由が。
そしてそんな酷い、人間として許せない事、そう呪い続けたことを、
私はやってのけてここにいる。
どうすれば彼は戻ってくるのか、どうすれば愛されるのか、どうしたらそんな酷い事ができるのか。
彼女のメールには沢山の心の叫びが書き綴ってあったけど、
私には何も答える事が出来ない。
私は彼じゃないし彼女でもない。2人の付き合いなんて分かるわけが無い。
ただ正直に書くとすれば、彼は帰ってこないんじゃないかなと思うし、それは彼の責任だけじゃないような気がする。
彼が彼女の望むように、罪悪感に眠れない日がくるかもしれない。彼女を泣かせた事を後悔しているかもしれない。
でも。
それよりも今の生活を、今の彼女との関係を大切にする事に必死で、そんな事二の次かもしれない。
残酷な言い方をすれば。
彼女より新しい彼女を選んだ時点で、何を考えるにしても最優先にはなれない。
私はもう彼は戻ってこないような気がするし、もし戻ってきたとしても以前のような安心した関係を築く事は難しいと思う。
彼女は手紙の中で、某女性作家の言葉を引用していた。
文章を読ませることにかけてはプロだけど、夢見がちで、自分の想像と思い上がりを恥ずかしげもなく書き連ねるような作家だ。
読者がとっくに彼女の書く内容の薄さを見抜いている。
そんな事に気がつかず、したり顔で恋愛指南をする彼女は滑稽だ。
プロじゃなければ許されたかもしれない。
しかし今これだけ膨大な言葉の渦の中で、彼女の想像だけで書かれた綺麗で浅い恋愛事はあまりにも稚拙にかんじていた。
その言葉を大切に写し取る彼女に、私は痛々しさすらかんじた。
稚拙な言葉を、彼女は都合のいいように自分の型に流し込んでいる。
彼女に何かいえることなんてあるわけが無い。
彼女に何か届く言葉があるとは思えない。
人は裏切るんだよ。自分の幸せが一番なんだよ。
人生が一度しかない事を言い訳に、人は沢山嘘をつくんだよ。
そんな言葉を送ったって、彼女はきっと絶望も悲しみもかんじたりしない。
彼女の心の奥の傷をいじれるのは、彼女が愛している彼と、
何より彼女自身でしかないのだから。
私だってこの年にしては稚拙な人間だと分かっている。
もっと豊な経験とか、そんなものありはしないし、
何を持って豊とするかということすら分からない。
何度も迷ったとき人に相談するようで、
結局自分の中に答えはいつもあった。
私は自分の中で出来上がりつつある結論を、相談という形を取って固めようとしていたに過ぎない。
自分の決断を後押ししてくれるような意見だけをつまんで、他の言葉には耳を貸さずに生きてきた。
絶望のどん底にいたとき、私を救ってくれたのはこれから先の未来という可能性だけだった。
また誰かを好きになるかもしれない。また誰かに愛されるかもしれない。
誰にも愛される自信が無くなった、そんな一番弱っていたときには、
じゃあ今後本当に何年も何年も誰も愛さず、絶望だけで生きていけるか考えたとき、
そんな根性こそ私にはないと思えた。
人は裏切るよ、嘘をつくよ、約束を破るよ、大切な事を忘れるよ。
自分の犯した罪も、過ちも、全部全部、
覚えていたら生きてゆけない。
自分が受けた裏切りも、絶望も、
覚えたいたら生きてゆけない。
だからゆっくり痛みを和らげて、いつかは思い出というものに変えて心の奥底に沈めていく。
なくなりはしない、消えもしない、でも一生の足かせなんかになりはしない、
そんな心の重石を持って生きてゆく。
だから私はいつも不安になるし、悲しくなるし、
とてつもなく幸せを実感もできる。
伸ばされた手の暖かさ、優しさを痛いほど感じながら、
心の底に石を積み上げて行く。
自分が受けた傷の大きさを、相手は分かっていないかもしれない。
相手の痛みを分かるふりをして、ちっともわかっていないかもしれない。
自分だけの重石を。自分だけの。
彼女のメールを読み終わった後、私は心に痛みを感じた。
稚拙で、一方的で、哀れで、
そんな内容は私の奥底に沈む何かを少なからず刺激した。
でもね、それをどうにかできるほど私は出来上がってないし、
どうにかできると思うほど思い上がってもいない。
ただ私にだって心はある。
彼女が一刻も早く幸せになれることを祈る気持ちもあるし、きっとそうなると信じている。
ただ、今の私にはうまく返事が書けずに、未だに受信欄の彼女のメールには返信マークがつかずにいる。
夢の中の私は、ゆっくりゆっくり動いている。
なぜこんな夢を見たのか。なぜこんなに悲しいのか。
本当は知っているけど、そんな事今の私には大切な事じゃない。
夢診断とか、そんなものどうでもいい。
私は今欲しいもの、守りたいものがはっきりしている。
それ以上でもそれ以下でもない。
皆に呆れられ、嫌われても。
私を不幸にできる他人はこの世にただ1人で
自分自身がいる限り、私は本当の孤独にはならない。
「恋愛は自分の幸せのためにするものだ。−トモ吉」名言。でも相手を不幸にして、自分だけが幸せになるというのは錯覚かな。自分自身が分からないから孤独を感じて恋愛する6-30。