チナウ
2004-07-05 (月) ああ。 [長年日記]
■ 無情。
親しき中にも礼儀ありですよ。
ましてや愛する人と四六時中一緒にしたりすると、もう心配りしまくって大変なわけですよ。
でもそれをすることによって、お互い長く、男と女でいられるのではないでしょうか。
下品な言葉?ノー!
だらしない格好?ノー!
オナラ?ノー!!ノノー!!
こんな慎みあるわたくしですが、じつはもと裸族出身。一人の時なんか平気で素っ裸でうろうろしていた華麗なる過去を持つ女。
時間、常識、そんなものに縛られたくないチョッピリ強がっていたお年頃。
一時期同居していたキョウちゃん、Tシャツ1枚でうろうろする私に耐え切れず一言。
「お願い。パンツだけは穿いて。」
そんなソウル溢れる一言も、「うるさい居候。」と一蹴の私。
しかし今はちがいます。はじゅかちーじゃないですか。ウフフフフ。
そんなわけで、今日もTシャツの下にはきちんとおパンツをはいています。
彼がそんな私をチラチラ見ています。お!今日の黒のパンツ、セクシーすぎましたかね。よ!年上の大人!!俺!!
「なんかさぁ・・・鉄腕アトムみたいだね。」
コロス!
■ ごきげんよう。
「なぁ・・・ワシ本当に死ななあかんのかなぁ・・・。」
彼は涙ぐみながら私を見上げる。私はただ黙って彼を見下ろす。
「嫌やなぁ・・・死にたぁないなぁ・・・。」
彼はやつれはしたがいたって健康的な体を小さくさせ、グッタリと下を向いた。
少し薄くなった後頭部を見つめながら、やっぱり私は何も言わない。
私は彼が死ぬ事によって本当に悲しむ極少数の人間の顔を思い浮かべ、後味悪く感じはするが結局はそれしか助かる道のない人たちの人数を数え、その数の対比を考えようとしたがそのあまりにもな無意味さに眩暈がした。ましてや自分がどっち側に入る人間かなんて、考えなくても分かる話だ。
「教えてくれ・・・やっぱワシ死ななぁあかんのか?」
「・・・そうですね。」
何度も同じことを問う彼にウンザリしながらため息をつこうとしたら、驚くほどするりと言葉が出た。そうですね。それしかないですものね。
彼の小さな目がみるみる潤んでいく。お前が言うんやから、もう仕方が無い事なんやなと言いながら、それでも彼はつぶやいた。
「お前は鬼やな。死神か。」
私は何度か人が徹底的に落ちていくところに立会ったことがある。それは決して原因が私にある場合ばかりでは無かったのだが、いつも間が悪くその場にいてしまう。
そして一番言いたくない事を言う役目がまわってくる。
誰が、誰が私を鬼にしたというのだ。泣きたい気持ちになりながら彼を見る。
「でも・・お前が悪いんちゃうもんな・・・そんなこと言わせて悪かった・・・鬼にさせたのはワシやな・・・」
この人は人の心が読めるのだろうか。
人の心を読み、人の心を掴むのが天才的にうまかった彼。それがゆえに、人の心を、能力を信じる事が出来ず、結局キャパオーバーでここまで落ちてしまったんだ。
「生きることに執着する人間ほど追い詰められ、半端に死にたい死にたいいう人間ほど長生きするんですよ。」
死ぬ事をたてにする人間程死なない。弱さ繊細さを生きにくさへの言い訳にする人達。その先に本当に死を選んだとしても、本人が思ってるほどその行為に意味はついてこない。悲しみと怒りだけの渦がぽっかりと口を開く。
意味なんていらない、何もいらない自分を消したいだけだと言いながら、死をちらつかせ差し出される手を待っている。
誰もが模索し、あがきながら生きているという事実を、あなたは強い人だからとお笑いな一言で切り捨てる。
本当に強い人なんていない。本当に弱い人なんていない。環境条件は変われど、誰もが生きなくてはいけない、そんな疲れる現実から目をそむける。
執着する生の先に見える死には、誰も手を出す事が出来ない。余程の覚悟がないと呑みこまれてしまう。
私の言葉に彼は苦笑いする。知っている、この人が誰よりも必死に生きてきたという事を。だからってどうしようもないじゃないか。
人の命は重い、望まれずに生まれてきた子なんて居ない。そんなおとぎ話、今更誰も信じちゃ居ない。
誰かがいなくなると局地的に負のパワーが広がるが、それが何かを変えることなんてほとんどない。また静かにいつもと同じように時間が流れるだけだ。
望まれずに生まれてきた私の友人は、母親が産んでくれた事だけが心の支えだったが。大人になって気が付いた。
自分の母親は自分を生みたくて産んだのではなく、その事実がわからないまま出産の時がきたのだ。そしてその存在を認識したとたんあっさりと捨てた。
命は誰にでも平等に訪れ、死もまた平等に訪れる。この世で誰もが平等である唯一の瞬間がこれだと言う事実が何よりも皮肉だ。
そして人は金で生を授かる事はほとんど出来ないが、金によって生きる残りの人生を削る事が多々ある。
あとはその期間が長いか短いか、予期するものか出来ないものか、奪ってしまうか奪われるかだ。
彼はゆっくりと立ち上がった。私に向かって小さな声ですまんなと言った。そしてそれより少しだけ大きな声で元気でなとつぶやく。
小さく見える彼の背中を見送った。その背に死神は見えなかった。
だぶんもう会う事はないだろう彼をはなんとも言えない気持ちで見つめ、私はまだ猶予のある時間の中へ帰った。