チナウ


2005-11-09 (水) 平凡な人間は [長年日記]

強烈な個性に出会うと生きるためのプログラムが狂う。

近所でうまいと評判の鰻屋へ行った。

歴史も有り店構えも古く大きく味がある。

すいてたし、せっかくだからまったりして、昼まっから酒飲んで焼けるのをまつべぇと奥の座敷へ進んだ所、想像しなかった異空間に迷い込んでしまった。

小さな座敷には畳一畳近くあるような大作イラストが3枚も飾られ、せっかくの歴史ある落ち着いた店内を台無しにしている。どうやら大将の力作らしく、滑るように書かれた【BY:大将】というサインが自信を覗かせている。

そんな自信まんまんのこのイラスト、精神を病んでいるとしか思えないほどの過激な前衛ぶりで、書いた人はもちろん、それを飾った店内でニコニコお仕事をこなす嫁さんやパートのおばちゃんたちには頭が下がる。

イラストのベースは色んなキャラクターや人物の写真をそのままトレ-スし、所々をコラージュ、そこにど派手な着色をほどこすというスタイルらしい。ただそれだけなのにこれだけ見るものに鬼気迫るパンチを与えるのは、作者の持って生まれた才能か、今までさばいた鰻の呪いかはわからない。

七色に光るドラえもんが、人間と同じ5本指でガッチリとマイクを掴み演歌を熱唱しているという構図は、とうてい常人にはたどりつけない発想だ。

目がハートで舌を出したおなじみの表情で、大ぶりのマイクを手に気持ちよさそうに歌っているだけなのに、大将レインボーの色彩が駆け巡るもんだから、おなじみの表情も確実に性犯罪の域に達している。そこには、全世界を魅了した親しみやすいアイドルの姿はなく、ミーガン法で過去未来に渡って監視されても見劣りしない奇怪なイキモノが躍っている。

また、切るというより駄洒落を連発する羽田陽区がフキダシ付きアメコミ仕様で大量にいるのだが、どうやらトレースするオリジナルが1枚しかなかったらしく、まったく同じ顔・同じアングルで、ウザさ炸裂に散りばめられている。

その隣では、本物よりさらにど派手になったマツケンが、空室を知らせる夜空のラブホテル光線のように後光を発している。(子供の頃アレは脱走兵を知らせるものだと思っていた。)

しかしさらに問題作なのは、トレースしない大将オリジナルのイラストで、山咲トオル(梅図じゃないところがミソ)・山田花子(漫画家のほう)・御茶漬海苔・日野日出志に確実にインスパイアされたとしかいいようがなく、比率で言うと【絵:山咲5 御2 日3 山田∞ / ノリ:山100 御100 日100 山田∞】という最悪の黄金率となって炸裂している。

大将がそのセンスをかけて書くギャル2人の絵が、古いとか新しいとかを超えた崩壊ぶりで恐ろしい。(もげて皮一枚でつながっているようにしか見えない首や、ビンディをつけまくった皮膚とか。)

しかもセリフ選びも際立っており、ギャル2人が生の宿らぬ目で虚空を見つめながら、お互いを心で罵り合うという、ここが鰻屋だということを忘れてしまう異形空間ぶりだ。

羽田陽区の駄洒落にならぬ駄洒落といい、大将は絵だけでなく言葉遊びの才能も突起していそうだ。

先ほども少し触れたが色彩センスも抜群で、どうやら大将のお好みは夢への掛け橋レインボーカラー、精神を破壊するにはもってこいの派手で目に痛い配色は、嫌悪を一周してさすがという感動すらこみ上げてくる。例えそれがチューブからブチューと出して直接塗っただけのブルーであったとしても、その前に大将お得意のオリジナルキャラクターが乱舞するだけで、見るものを絶望的に死にたくさせてしまう。北野ブルーを軽々と乗り越えるインパクトで、あの色なら座頭市にも見えるかもしれないが、常人の目には突き刺すような勢いだ。

趣のある店でさしつさされつまったり飲み食いしたかっただけなのに、炸裂したパッションに元々ありもしない感性も味覚も見事に破壊され、当然鰻の味も下降を辿る一方。

鰻を前にして私の強靭な食欲が萎えるという、人生はじめての敗北感を味わった。

そんな駄洒落だけでも人に殺意を持たせる羽田陽区を量産した大将だが、【なぜかヨン様だけは褒めちぎるギター侍】という、明らかに嫁とパートのおばちゃん連中を意識した天才らしからぬ異質作品が混じっていた。ヨン様は地震に義援金を出したから自分には切れないとかいう、駄洒落すらないすこぶる歯切れの悪い文字が消極的に躍り、その下にはトレースすることを許されなかったのか、週間誌か何かをコピーしたような無難なペ様が無色で微笑んでいた。

そしていたるところに、【この店の大将と奥さんとラブラブ〜】とか(推定年齢60以上)、【店じまいする時は大将死んだ時?ウソーン!】とか、口が裂けてもヨメが死んだ時とはいえない空気が、ヤケクソ気味にハートを散りばめ、居心地悪そうに鎮座する文面に漂っていた。

アーティスト以上の鬼才を持ちながらもヨメは怖い、そんな人間臭い大将のジレンマを垣間見たようで、私は少しだけほっとし、

それを頼りに残りの鰻をなんとかごくりと飲み込んだ。


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