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ぷっちん日記


2005-07-04 (月) 槙村さとるの本 [長年日記]

エッセイ?

あなた、今、幸せ? (集英社文庫)(槇村 さとる/キム・ミョンガン)

を読んでいる。「あなた、今幸せ?」という本。

基本的に槙村さとるさん好き。

なんだけど、なんとなく、この本の目的はよくわからないなぁと思う。ターゲットがわからない、というか。

内容は、槙村さんが自分の体験をもとに、生き方とか幸せについて、考えた内容をバラバラと書いている感じ。

基本的に言ってることには賛成。なんだけど。

なんだか、すっと入っていけないというか、読書をしていてああ楽しい、という読後感が得られない。(でも、読む努力をする価値があると思うから読み続けはする。)

なぜ私がとても楽しい!とはならないか、というと。

槙村さんに文章のなかで斬られてる方の女性たちの側に多分私はいないのだが、だからといって、ああ私は幸せだ嬉しいと思うかとか、優越感を持てて気持イイかというと、そうでもない。自分が斬られてる側にはいないかなぁとヒヤヒヤ振り返ったりほっとしたりしながら、なんとなく淋しい。この本には、槙村さんの斬りたい相手と槙村さんしかいないみたいな疎外感。で、私はどうしてこの本を読んでいるんだろう?私がこの本を読むのは場違いなのかな?というような気が時々する。

一方、斬られている女性の側が読んで面白いかといえばもちろんそうでもないだろう。あなたの悩みはわかるがそっちではない、もっとこうすればいいんじゃないか、という親和性の高いスタンスではなくて、あなたたちの行動は私には理解できないが他人に迷惑かけないならそれでもいいんでしょうね、というクールなカラーが基本となっている。これでは、そちら側の人がこちらが側へ来るのに十分なアプローチや情報量とはいえない。自分で気づいている人でなければ受け取れないくらいの(つまり、問いかけというよりは普通の)情報発信にとどまっているんじゃないかな。

読者へ働きかける目的の本ではなく、槙村さんの体験記だと考えれば、ふつうに面白い。私が読みたいと思った理由もまずはここだ。

しかし、本のタイトルは「あなた・・・」なのだ。

これは一体、誰が読んで楽しむことを想定してまとめられた本なのだろうか?

タイトルからすると、自分が幸せかどうかよくわかっていない人に、本当の幸せをみつけるきっかけになって欲しいというふうには読めるのだけれど。

結果的に、今幸せなひと、今不幸なひと、分かってない人、槙村さんの自叙伝的な内容に興味があるひと、誰に対しても中途半端なアプローチになっているような気がしたり。

中途半端というか、「楽しませる」ことを目的としていないというか。

その感触が落ち着かないので、こうして日記に書いてみたりする。


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