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ぷっちん日記


2012-01-30 (月) 片付け [長年日記]

片付け

今月は熱心に片付けをしている。結果からいえばこの1、2週間は人生でいちばん片付いた家で生活しているといえる。

これまでたどってきた経過はこうだ。

  • PC机を片付ける。特にレシート、名刺、ハガキ、本を何とかした。
  • 金具を買ってきて、いつかかけようとおもていた絵を壁にとりつけた。2カ所ほど。
  • おなじく、いつかかけようとおもったまま洗面所の台の上に放置していた時計を壁にとりつけた。
  • ダイニングの壁に新しい棚をとりつけて、紅茶や蜂蜜をディスプレイ。これは最高。可愛いし収納に余裕が出るし、飲まない/食べないものを捨てることもできた。蜂蜜対策でシートも買って敷いた。
  • 家中の気に入らない家具(といっても小物)を買い直した。ごみ箱、玄関マット、キッチンマット、バスマット、水切り食器かご、スポンジ入れ、三角コーナー、洗濯カゴ。主に青いものや壊れたもの、汚れたものをオレンジ色に変えたかんじで。水の流れる食器かごは実に機能的でいい。
  • 足りない雑貨も買った。ティッシュケース、卓上ごみ箱。
  • リビングに溢れかえっているDVDやゲームソフトの類をなんとかするため、3本あったDVD棚のシリーズをさらに4本増強した。廊下は狭くなったが、リビングからDVDやCDが消えた。
  • リビングのボックス型の収納を少し増やした。ダイニングが少し暗くなったが、たんすの上などに溢れていた主人の小物に行き先ができた。サイドPCテーブルとしても使えてネトゲにも便利。裁断作業台にもなる。
  • 高い棚の上を自力で扱えないのがストレスだったので、ステップを買った。
  • キッチンの作業台上にあったホームベーカリーをレンジ横に収納し、レンジ横にあったコーヒーメーカーをリビングのワインセラーの上に移動し、ワインセラー上にあったバーミックスを作業台へ。機能的になった上に、キッチンの作業台が空いて、料理がいまだかつてないほど効率的になった。
  • 入居以来、基本的に開かずの間である書斎から、要らない本を選んで捨てたり、一部の本を自炊してスペースをあけて、リビングやベッドルームやトイレに溢れたものを収納。何しろ量が多いので一朝一夕にはいかないが少しずつ成果が出ている。

この間、段ボールをはじめ色々とゴミが出て玄関は大変なことになったが都度がんばって捨てていった。

まだまだ道は遠いが、きれいな家はいい。とてもいい。

きれいな家がいいと心から思ったことって実はあんまりなかった。結局これが一番重要な変化なのか。

私のことだからこの先についてはあまり自信がないが、ひとつ言えることは、人間は意外と変われるということかな。ただし、すごく時間をかければね。


2011-07-20 (水) RubyKaigi2011 [長年日記]

RubyKaigi2011

RubyKaigi2011が終わりましたね。スタッフ、スピーカー、スポンサー、参加者の皆様、お疲れさまでした。

今回の会議は、ネタがなかったのと、ほんのわずかな反骨精神により、サブミットも出すことなく、平穏な気持ちで楽しみました。

反骨精神ってどういうことかというと、つまり、最後のRubyKaigiにあなたは何をしたいですか?という問いへの一種の回答ということです。

それはともあれ、毎年、RubyKaigiでは自分のテーマをもらいます。今年の会議でいただいた個人的なテーマは、「ストイック」「自分で引っ張れ」ということでした。

以下、個人的な話になります。

振り返ると、昨年までは、ぜいぜいと走りながら、いつになったら楽をしていいかなあと考えていた気がします。そしてこの1年は、楽をしてみたということになるかもしれません。楽か、苦しいかはともかくとして、自分が声をかけるのではなく、場を整備しなければならないという気もしていました。時を告げるのではなく時計を作れというやつですね。

しかし、今年会議に出ていて感じたのは、それとは逆のメッセージでした。誰かが手をあげてやってくれるのをじっと待つのではなくて、本当にやりたいことについては声をあげてひっぱってしまう。それで結果的にみんなで進むことができれば、いいんじゃないかと。MP枯渇問題についても、本当にやりたいことをやるのであれば、そんなに減らないという気がしてきたわけです。

ということで、どう活かせるかは分からないけれど、とりあえず受け取ったメッセージはこんなところでした。


2011-05-31 (火) 勝利宣言 [長年日記]

勝利宣言

一昨日の日曜日(5/29)、TokyuRubyKaigi03にて念願の勝利 "LT部門投票1位" を獲得することができました。楽しく聞いてくださった方々、投票してくださった方々、まことにありがとうございます。m(_o_)m

思い起こせば 2009/11/29 の TokyuRubyKaigi01で新カリスマが誕生して以来、打倒カリスマをずっと目指しておりました。その時点からkukoと私は打倒を誓い合っていたものです。

前回は、かなり気合いを入れて臨んだものの届かず。特に歌まで披露したkukoはとても善戦したのですが。

今回は、万葉クラスタの戦士の数は増えたものの、私自身はテーマがはっきり決まらないまま前日を迎え、かなりピンチ。そこで、LTに応募したときに唯一頭の中にあった、「新カリスマに勝てなくて悔しい。倒したい」という一念をスタート地点にしてLT資料を何とか捻出することに。勝つためにどうするかというロジックでカリスマのLT技を解剖していったわけです。この作戦のポイントは、相手が相手の得意技を華麗に繰り出すと、自動的にこちらにもチャリ銭が入るという「あざとさ」。勝利は無理でも、これで何とか一矢報いようと思っていたのですが、思いのほか受けて、結果的には勝ってしまいました。ま、あんどうさんのLTにもちょっと勢いがなかったとは思うのですが...。

ちょっと卑怯な手段だったかな、という自覚はあります。私のLT勝利に一番寄与してくださった存在こそ、当のカリスマの方(々)なわけですから。本当にありがとうございます。...ネタにしてすいません(_o_)。

とはいえ勝利は勝利。1年6ヶ月の執念が叶ってうれしい!

新カリスマ(蔑称)に就任したという気はあんまりしませんが、前回チャンピオンとして、次回、防衛できるようにがんばりたいなーとは思っております。かかってこいや。

...('w';;;

最後になりましたが、主催してくださったTokyu.rbの皆様、素晴らしい会場を提供してくださったECナビ様、美味しいザ・プレミアム・モルツを提供してくださったサントリー様、つないでくださった朝倉様、2celebさんはじめおいしいお料理やお酒を持ってきてくださった方々、ありがとうございました! お疲れさまでした。


2011-04-14 (木) TODOの使いこなしを工夫 [長年日記]

TODOの使いこなしを工夫してみている

このまえの日曜日くらいから、TODO管理を新たな使い方で使い始めた。ちなみに使っているのは checkpad だが、基本機能があればなんでもできるとおもう。

何を工夫しているかというと、

  • 人生にとって重要なものと、そうでないものの2つのフォルダを使う
  • 朝、昨日クリアしたタスクをすべて消して、2つのフォルダに、「今日やり遂げるとコミットすること」を入れる
  • 重要なものには、1日のメインである主たる勤務も入れる

というあたりが特徴だ。だいたい、フォルダあたりのタスク数は2〜5個くらいになる。

まず、「やりたいこと」「やれないかもしれないが何とかやりたいこと」を入れないことが大事だ。私の目的は、長期的な備忘録やプロジェクト管理ではなく、1日の充実感を得て着実に物事を処理することである。「いつかやりたいこと」を混ぜると、長期間そのタスクが鎮座してしまって、自分の出来なさ具合にしょんぼりしてしまう。1日の終わりに、「よし今日もやろうと思ったことをすべて成し遂げたぞ」という晴れやかな気持ちになりたい。そのためには、コミットできることだけを、軽めに入れる。

また、メインの活動についても入れておく。それをしないと、「メインの仕事の前と後だけが自分の人生の真実の時間であり、昼間は世を耐え忍ぶ苦痛な時間である」という認識になってしまう。これはイライラのもとになる。昼間のタスクについて積極的に価値を認め、毎日、クリアしていくのは気分がよい。さらに、メインの仕事をタスクに入れておくことで、1日にできることはそんなに多くないという気持ちになり、自然と、軽めに計画を立てることにつながる。これは、無理しすぎずにタスクを消化するために大事なことだ。

2つのフォルダを作っているのは、「大事なこと」を見失わないためだ。家事や事務だけを延々とこなす日々が続いているという感覚はつらい。これに対して、「大事なこと」を少なくとも毎日2つくらいやっていると思えれば、安心することができる。また、毎日、何が人生にとって大事であるか考えるステップはそれだけでも役に立つ。ちなみに3つ以上にしていないのは、シンプルにしたいからだ。

前日の夜ではなく朝に計画を立てているのは、それが何となく私のスタイルにあっているから。私は気分屋なので、前日に何かを考えても、翌朝それにおとなしく従える可能性は低い。

これと、長期的な備忘録やプロジェクト管理を組み合わせれば、わりといい感じではないかと思う。続けられるかわからないが、続けたい。


2011-04-12 (火) 「みんなのかるた」をリリースしました [長年日記]

「みんなのかるた」をリリースしました

先日、iPhone/iPodTouch のアプリケーション「みんなのかるた」を(株)万葉からリリースしました。

AppStore: http://itunes.apple.com/jp/app/the-100-japanese-poems/id429144066

製品ホームページ: http://www.everyleaf.com/products/mincar

これは、基本的には「かるたの読み手役」をしてくれるアプリです。かるたでは、読み手が順々に歌を読み、その都度、取り手が読まれた札を取ることでゲームが進行していきます。この、読み手と、読札の代わりになるのが「みんなのかるた」です。

私自身が競技かるたをやっているため、競技かるたで使えることを目標として作っており、実際に練習に使ったりしていますが、もっとライトな使い方もできるようにしています。たとえば、競技かるたでは上の句までしか読まない状態で札を取ることになりますが、これは初心者にはつらいので、下の句まで一気に読むモードを搭載しています。

また、札を覚えていない人が使うことを前提に、いつでも札を調べられるようにしたり、トレーニング用の機能も入れています。

このため、家族でためしに百人一首でかるたを取ってみようという方や、学校やサークルなどで、あまり経験者がいない中でかるたを試してみようという場合にもとてもおすすめできると思っています。また、単に、百人一首に親しみたい、勉強したいという方にも良いかと思います。

ちなみに、かるたをとるためには、「みんなのかるた」以外に、百人一首の「取札」が必要になります。(たとえばこちら

もしよかったらぜひ使ってみていただければ幸いです!


2011-04-05 (火) 都知事選の政見放送2011 [長年日記]

都知事選の政見放送2011

いくつか観たので感想を残しておこう(あくまで個人的な感想に過ぎない)。

  • 石原慎太郎氏 - 骨太で国家観がある、実績がある、話が具体的な点などは良いと思うが、「独善」と年齢がネック。経営手腕は素晴らしいと思うが、指向性、独善的傾向が強いだけに、私個人が感じている今という時代との隔たりが気になる。放送の件ではないが、アニメと花見については不満だ。
  • 渡辺美樹氏 - 経営経験には期待する。放送の印象では、都民サービスが主眼だが、知事というのはありがとうを集める仕事なのだろうか?との違和感も。憎まれてもいいから、リーダーしかできない仕事をしてほしい気もする。ある種、放送において、都民にも戦後日本人にも不満をぶつけまくっている石原氏とは真逆の柔和な(低頭すぎる?)アプローチ。
  • 東国原英夫氏 - 放送は無難で具体性に乏しい。総花的。戦術としてはうまいのかもしれないが、物足りない。手腕への具体的な期待はしづらい。

震災とあいまって、最近、時代の変化を感じる。それとともに、やっと日本の近現代の一端が実感として理解できてきたような気がしている。

だからこそ、さて...。


2011-03-26 (土) 地震でリリースが飛んだ [長年日記]

地震でリリースが飛んだ

先日、3/11は月に1度全社員がオフィスに集う「帰社日」で、開発中のiPhoneアプリ「みんなのかるた」のリリース作業をする日だった。

14時40分過ぎに地震があった時もSkypeでその連絡をあれこれとしている最中だったのだが、揺れが大きくなり始めたらそれどころではなくなった。社員が窓を開けたりドアを開けたりしてくれたが、壁からはしっくいの白い粉が振ってくる始末。たぶん防災的に正しくはないが、古い建物の中にいるのが恐ろしく感じられ、揺れもおさまらないうちに皆で階段で外に飛び出した。ちなみに弊社は3階にあり、1階まではまっすぐ階段をおりれば出られる構造になっている。

ここで私が得た教訓は、机の下にもぐったりヘルメットをかぶって逃げるなど「頭の防護」が出来ていなかったことと、最初の避難においても「上着」「携帯」「財布」は必要だってことだ。下に出て、なるべくビルから遠くなるように道の真ん中にいたのはまあ仕方ないとしても、そのうちに寒くなるし、貴重品が心配になる。結局、また戻らなければならない。それなら最初にひっつかんで逃げるほうが合理的だと思ったので今後はそうしよう。

その後は、オフィスに短い時間戻って荷物をまとめ、戸締まりをして近所の公園に避難した。オフィスではガラスの花瓶が落ちて割れていて、避難に危ないからと掃除をしてくれた人もいた。のみかけのコーヒーまでテーブルに転がっていた。壁のちかくは落ちた白い粉まみれで、壁には新しくできた気がするひびが入っていて恐ろしい。

公園にいるときに、次の大きな余震がきた。茨城沖のやつだ。避難している人たちが「そ、そ、そ…」という感じで自然発生的に公園の中央に寄った。なるべくビルから離れたいからだ。その頃には、ラジオを持っている人たちや話している人たちのおかげで最初の地震の震源が宮城であることなどは把握できた。(余談だが、ラジオのすごさを知り、会社にも用意することにした。)

携帯がつながらず、koと連絡がつかないので困っていたら社員が「koさんtwitterにつぶやいていましたよ」と教えてくれた。見ると「@nay3 これはやばい」とか書いてある。どうやら地震の最中のレポートらしい。これはまったく安否確認の役に立たない。憤慨しつつ笑った。

やがて公園からもう一度オフィスに戻り、マシンなどを本格的にしまって、帰宅することにした。これがおそらく15:30頃だろう。気のつく社員が、オフィスにあったカイロを配ることを思いついた(これはかなり役に立った)。念のため置き傘も、帰る方向ごとに配布した。このときはじめて、リリース作業をしていたSkypeにて、リリースは止めてもう解散することにしたと告げた。Skypeの向こうでは「え?みんなもう帰るの??」的な平和な反応が流れていたが、気にせず電源を落とした。

その後は、いくつかのグループに分かれて行動した。私は南に帰宅する3人グループに入って、3時間かけて自宅まで歩いた(そのうちの一人はさらに1時間歩いた)。16時前には歩きはじめていたので、幸い、日が暮れる頃にはかなり歩を進められており、割と楽だったほうだろう。悔しかったことといえば、他愛のないことだが、東京タワーの真横、真下を通ったにも関わらず、先端が曲がっていることに気づかなかったことだ。記念写真をとっている人たちを不思議だなあと思って通り過ぎたのだが、当日はまだライトアップされていたということもあり、そのとき東京タワーの写真をとっておけばよかったと後々思った。

津波によって各地に甚大な被害が出たことは、道々で気配としては察知していたが、詳しく知ったのは帰宅してTVを見てからのことだった気がする。宮城に家族がいるので心配したり、その後、被害はあったが命は無事でほっとしたりもした。被災した方々は本当に大変だと思うし、復興に向けて自分にできることをしたいとも思う。そのあたりはだいたい平均的な東京の人の心情どおりだろう。

地震で吹っ飛んでしまったアプリのリリースについてどうするか、まったくアイディアはなく、呆然としたまま1ヶ月は延期しようかと思っていたが、入学シーズンにあわせて早く出したほうがいいという妹の意見になるほどと思ったので、もう一度リリースに向けて動くことにした。近いうちに出せると思う。


2011-01-05 (水) 昨年の島根大学での講義のこと [長年日記]

昨年の島根大学での講義のこと

あけましておめでとうございます。

年が明けるというのは区切りとしていいものなので、なにか目標を立てておきたいと思う。会社としての目標はもちろんあるが、個人としてはブログでの発信を増やしていきたい。あと、英語でも発信したいな。

さて、昨年12月に島根大学で講義をさせてもらったときのことを少し紹介したい。なお、この講義のことは野田先生のブログで取り上げてくださっている。私たち夫婦は今回が講義は4回目。最初の頃は居眠りさせてしまったり、誤植で大騒ぎになったり、全然予定が消化できないといった失敗をしていたものの、近年では、歴戦の強者化してきて、そこそこスムーズにできるようになってきたと思う。もちろん完璧ではないし、不満足な点はあろうかと思うが、とりあえず以前よりはうまくなったなと思うのだ。

今回の講義でいちばんうまくいったと思うのは、資料の構成だ。Railsをほぼ初めてという生徒さんたちに、ただ1回の講義で「体験」をしてもう。我々の任務は、Railsを体験させるだけでなく、それを通じてWebアプリケーション開発についても紹介することである。これを90分間で行う。

RWC2010の教育関連のパネルで議論していて、私が発言したことのなかに「Railsはボリュームが大きすぎるから、最初は全部やるのではないほうがいいかもしれない。モデルとRDBが非常に重い。Webアプリケーションがはじめてなら、モデルを抜いて、コントローラとビューに集中するほうが理解度があがるのではないか」という思いつきがあった。よし、これを試そう。というわけで、今回は、モデルでRDBを使わないことにした。単にモデルをなくすというよりも、単なるRubyクラスを作ってそれをモデルとして使う。そうすれば、そのRubyクラスを作るところで、それまでの復習ができ、それまでに学んだことをどうやって実際に使っていくのかも体験できるかな?と考えたのだ。そこで、具体的には、おみくじクラスを開発してもらって最終的にそれをWebから使えるような「おみくじアプリケーション」を課題にすることにした。

講義では、プログラミングで一番重要なのは、習ってまねすることではなく「何かを作りたい」という意思のもと自分であれこれ考えることだということを伝えたかった。これなしでは、プログラミングをしたとはいえない。なので、その前半のRubyクラスを実装する部分もこれを体験するために使えるなと思った。ちなみに、講義では、「クラスを実装する」という言い方も最初はしないようにした。クラスを作るということもソリューションの一つだからだ。

さて、実際にやってもらうにあたって、もう一つ工夫したのはペアプロを取り入れたことだ。自分の工夫というよりも、前々からいいとは思っていたのと、私たちより前に講義を担当された咳さんからペアでやってよかったと聞いてよーし自分らもと思ったからである。私の意図する「自分で考えさせる演習」では、できる人はよいが、理解が足りていない人ははげしく置いていかれてしまう。そんなとき、二人組であれば心理的にも実際的にも非常に有利になるだろう。

ペアプロをやってみるにあたっては、単に二人組でやらせるのではなく、こんな風に相談するんだよとか、なるべく交互に主導権をとれとか、もっと近寄って、自分のマシンのことは忘れてとか細かくやり方を指示した。単に組ませるだけだと、若干言葉をかわすものの結局自分のマシンの操作にこだわってしまいそうな感じがしたからだ。具体的に指示した結果、個人差はあるが、概ね、ペアプロらしい、相談しながら進める感じになってよかったと思う。

この島根の講義用に作った資料は、「Rubyやプログラミングがおぼろげにわかるが、Webアプリケーションは初めてで、短い時間でRailsを体験したい」人にはなかなか良い感じの構成になったのではないかという気がする。実は、(株)万葉で新しく採用したRails未経験者向けの勉強会をしたときにも使ったりした。SlideShareに公開したので、もし役に立つシーンがあれば、ぜひ使ってみてください(※日本語オンリーです)。

ひとつ反省点としては、この資料は、とてもRuby的に、見やすい大きな文字を使っているのだが、生徒さんたちが演習する際に何度も見たい内容が1ページに入りきってないという問題がある。演習課題だけでも何枚にもなり、さらにヒント等もあるので、ディスプレイに映すのだと、ちらちら色々映し変えないといけない。複数の人を対象にしていると、その人の見たい画面を映すのが大変だ。なので、このような「演習問題」にあたる部分をあらかじめ印刷して、受講者の手元に配ることをおすすめする。


2010-12-16 (木) 札幌Ruby会議03と「現実の砂漠」 [長年日記]

札幌Ruby会議03と「現実の砂漠」

先日、2010/12/4に札幌で開かれた SapporoRubyKaigi03 に参加してきた。それはそれは素晴らしいカンファレンスだった。会場が快適で適切、プログラムが秀逸、ホスピタリティに溢れ、各トークが素晴らしい。私自身も何とかトークをすることができたし、思いがけないほどの好評をもらえて非常に嬉しかったし、ガラスの仮面の布教(?)もできたし、もっと少女漫画を読めと "ガツンと言ってやった" しで、本当に楽しかった(どうしても話したかったことを話させていただいて感謝しています)。

しかも誕生日ということもあって、懇親会でみなさまに温かくお祝いをしていただいて感激したし(本当にありがとうございます!)、個人的な目標であった「前夜祭の舟盛りを制覇(完食)する」「風邪をひかない」も達成して、言うことなしの満ち足りたイベントだった。

そんな中で、以前から引き続いて私のなかでもやもやし続けているキーワードがある。角谷さんの「現実の砂漠」というやつ。

私は角谷さんの電波が大好きな信者を自負しているが、「現実の砂漠」に対する問題意識は私の中にはないものなので、そこで取り残されるというか、ストンと腑に落ちない物が残る。

"Ruby会議は夢のように楽しいけど、月曜の朝はいつもの現実の砂漠。というのが大半なんじゃないのか。これをどうにかしないといけない。Ruby会議が夢のように楽しいだけではいけない" というような事を言っていると理解しているんだけど、そもそもその理解も違うかもしれない。とにかく、ここでだいたいついていけなくなるのだ。

私は、Ruby系のイベントで「感動した」「癒された」等、技術系カンファレンスでは通常出てこないような感想が出てくる原理のひとつに、自己肯定作用があると思っている。

つまり、例えば世の中にはこんな「呪い」が存在する。

  • 仕事なんてつまらなくて当たり前
  • 大変だから仕事なんだ
  • 楽しいことなんて仕事といえないよ
  • 楽しいツールを使うとか、趣味の話でしょ?

これに対して、自分の好きなことをして人の役に立ちたい、楽しい大好きなツールを使って仕事をしたい、なるべく楽をして目的を達成したい、仕事を効率的にこなしてプライベートを充実させたい、というような価値観もある。Ruby系の "感動する" イベントでは、こうした価値観を肯定する効果があると思う。楽しくてもいいんだ、あなたがそういうふうに考えることは間違ってないよ、と言ってもらうことで癒されるわけだ。

なのだけど、一方で「カンファレンスで感動してるなんておかしい、陶酔してるだけじゃなくて現実を生きろ」みたいなことも言われているように思う。しかし、私にはイマイチこれがわからない。

カンファレンスと月曜からの仕事は、夢と現実のように対比するものではないと私は思っている。カンファレンスで色々な刺激を受けて、自分を再発見して帰る。翌日は再発見した自分でがんばっていく。とても良いことだと思うよ。

コミュニティ活動の目的は砂漠を砂漠で無くす事なのだろうか?

そうじゃなくて、砂漠でも草原でも楽しく生きられるようにすることなんじゃないだろうか。砂漠がつらいなら、緑化するなり、移住するなり、どうにかしようという話になると思うが、それはコミュニティ活動の目的ではなくて、参加者たちがそれぞれに取り組む問題ではないのか。だから、現実の砂漠と会議の価値は直接関連しないんじゃないか。現実が砂漠だからカンファレンスでは足りない、むしろ毒だ、というようなことではないのではないか。環境がどうあれ、そのなかで自分たちがまずどのように生きるかという事について会議が手助けになればそれは十分に素晴らしいと思う。


2010-11-17 (水) ティッシュペーパーボックスの価値 [長年日記]

ティッシュボックスカバーの価値

最近、人生はじめてでないかと思えるくらいの片付けブームだ。 ニューオーリンズで開かれていたRubyConfから帰ってきて、荷物でまた散らかったので、今朝も片付けていた。

ひさしぶりにベッドルームのサイドボードの上に物がなくなり、拭いたところで気づいたのだが、ティッシュボックスがむき出しだとあんまり可愛くないのだなあ。

私はかねがね、ティッシュボックスを覆うカバーの価値がわからなかった。詰め替えるのが面倒だし、箱を覆ったところで大して変わらないと思っていた。最近のティッシュボックスはそのままでもそれなりにおしゃれだしね。

しかし今朝やっとわかった。箱を覆っても大して変わらないと感じていたのは、散らかっていたからなのだ! 片付いた部屋では、ティッシュボックスカバーは十分に効果があるのだ!

些細なことではあるが、合点がいってとても嬉しかった。


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